第13話「転生の研究者、入間真珠」
そして、華怜と出掛ける当日を迎えた。俺は、リュックを背負って母さんから渡された手土産を手に持つ。
「ママ、それじゃあ行って来るね! 夕方までには駅に来るから、パパにお迎えよろしくって言っておいて」
俺がそう言うと、母さんはうなずく。そして彼女は言った。
「気をつけてね? 華怜ちゃんのお母さんと親戚の方にご迷惑お掛けしないようにね?」
「うん、わかってるよ」
俺は笑顔でうなずくと玄関で靴を履く。
「いってらっしゃい。何かあったらすぐに連絡してね?」
「うん、ママもお仕事頑張って!」
「ありがとう」
母さんは俺を抱き寄せると頭を優しくなでた。俺は少し照れくさくなったけど、大好きな母に抱きしめてもらえるのが嬉しくてされるがままだった。
最後にいつものように額にキスされて、俺は少し恥ずかしくなりながらも母さんに手を振ってから家を出た。
待ち合わせ場所は、2人で行動するようになってからよく行くようになった公園だ。10分ほど歩くとすぐに公園に到着した。そこにはいつもよりお洒落をした華怜が、俺を待ってくれていた。
「おはよう華怜!」
俺が挨拶をすると彼女は、こちらに気付いて微笑む。
「おはよ、雄飛。時間ピッタリね。ちゃんとママを説得できたみたいで安心したわ」
「うん……。でも、少し罪悪感を感じたけどね」
俺はそう言って苦笑すると華怜と共に歩き出す。母さんには、華怜の親戚の家に遊びに行くと嘘をついた。華怜のお母さんに車で送ってもらうから、道中も心配ないから、と。
だが実際には、俺と華怜だけで公共交通機関をいくつか乗り継いで、隣の県まで1時間以上掛けて行かなくてはならない。こんなこと母さんが知ったら絶対に反対するから、これは俺と華怜の2人だけの秘密だ。
「よしっと。じゃあ次は5分後にあそこに来る電車で移動ね!」
華怜はそう言うと、俺の手を引っ張って駅の改札に向かった。彼女はかなり慣れているのか、迷うことなく進む。前世が田舎暮らしで、都会には本当にたまにしか出掛けなかった俺は、彼女に任せっきりだ。
ふと、彼女は前世でもこの辺りに住んでいたのだろうか? と、そんな疑問が浮かんだ。今世で覚えたにしてはなんというか……こういった乗り継ぎの仕方を、体が覚えているかのような、そんな感じだった。
「ねぇ華怜?」
最終目的地付近に到着するバスに乗り込んで一息ついた俺。しばらくの間考えていたけど、隣に座る彼女に声を掛ける。
「ん? なに~?」
窓の外を見ていた彼女は可愛らしい笑顔でこちらを振り向く。その不意打ちの笑顔にドキッとしたけど、俺は疑問をぶつけた。
「いや……なんかさ、華怜ってこの辺りによく来てたのかなって……。乗り継ぎが上手だったからさ」
俺がそう言うと、彼女は一瞬きょとんとしたけどすぐに笑顔になった。
「あぁ~……うん、まぁね。前世ではそれなりに来てたわよ。今から会いに行くヤツに会うためにね。だけど乗り継ぎが上手いのは、都会暮らしが長かったからかな」
やっぱりそうだったのか。彼女は前世、東京近辺に住んでいたんだ。
「まぁ、でも私って電車とか圧迫感感じるから苦手でさ……。ちょっと売れるようになってからはタクシーを使うようになったんだけどね」
たしかに電車は俺も苦手だ。まぁ田舎の電車だから混むことはほとんどなかったんだけどね……。……って、売れたってなんだろう?
「華怜、売れたってなんのこと?」
俺が尋ねると、彼女は
「あ、え? え、え~っと、売れたってのはあの~その~。そう、あれ! 私は前世で訪問販売の仕事をしてたのよ! それでたくさん売れたら嬉しくってタクシーを使ったのよ! もちろん、会社の経費でね~、あははは……」
と、分かりやすく動揺しながら答えた。これは怪しい。
……売れたってことは、芸能関係者だろうか? そうなると、華怜は俺の母さんみたいに芸能界のことを知っている可能性がある。……いや、もちろん華怜が俺と同じく数年前まで生きていたと仮定した場合の話だけど……。もっと昔の時代から転生した可能性だってあるかもしれない。
でも彼女は電車の乗り換えが上手だったし、先ほどの彼女の話を整理するとそんなに昔の時代の話じゃないのでは? 華怜の前世はもしかして、名前を聞けば俺でも知っているような、有名人だった可能性もある……。
そんなことを考えていると、彼女が俺の額をトンっと突いた。
「あでっ」
「今は私の過去よりも、自分の能力のことを気にしなさい? ほら、もうすぐ目的の駅に着くわ。降りる準備してね」
彼女は大人っぽく微笑むと、俺の頭をポンポンと優しく叩いた。
……そうだった。
「え? あ……うん、わかった……」
俺は深く突っ込まないことにした。今は自分の能力をコントロールすることに集中しないとな。
バス停を降りると、そこは小さな温泉観光地のほど近くだった。
「ねぇ、華怜? これからどこに向かうの?」
俺が尋ねると彼女は森の方を指差す。どう見ても子供が入るには深い森だ……。
俺たちは、さっそく目的地である森の中へと入っていく。舗装こそされていなかったけど、急な斜面もなく、比較的歩きやすい道だった。だけど木々の枝や葉っぱが日差しを遮り、少し薄暗く感じる。
「こ、この辺りって熊とか出ないよね?」
俺が辺りを見回しながらそう聞くと、華怜は歩きながら答える。
「う~ん、生息はしてるらしいけど、私は一回も見たことないわね。ま、そんなに山奥じゃないから大丈夫よ」
彼女は気にせずどんどん先に進んでいく。……頼もしいな……。前世が田舎暮らしだった自分としては、こういうちょっとした森の中でも熊との接触に注意しなきゃならなかったから、つい周囲を気にしてしまう。
「ふふっ、雄飛ってば案外怖がりなのね~。こんな観光地に近いところで、熊と遭遇するなんてよっぽど運が悪くないとありえないわよ」
「そ、そうなのかな?」
華怜がそう言うのなら大丈夫だろうか? でもなんだろう、こういう時ってそういうセリフがフラグになると感じてしまうのは俺だけだろうか?
「あ、見えた見えた! ほらあそこに古い廃屋があるでしょ? あれが、はぐれ研究者の隠れ家よ」
と、思ったけどどうやら行きは大丈夫だったようだ。帰りも同じ心配をしないといけないけど……。
彼女のあとに続き、廃屋の中に入っていく。中は荒れ果てており、とても人が住んでいるようには見えない。それどころかもうかなり昔に忘れ去られてしまったかのような、そんな場所だった。
「本当にこんなところに人が住んでるの?」
俺が訝し気に聞くが、華怜は奥へと歩を進めながら答える。
「そうよ。……あ、正確にはここじゃなくて、この場所の地下ね。昨日の夜、電話で確認したから間違いないわ……さ、ここよ」
そう言って華怜が足を止める。そこには一見すると何もないただの壁だった。だけど、よく見ると石と石の間に小さな隙間があることに気づく。
彼女が1つの石を押すと、それはスライドして隠し部屋へとつながっていた。さらにその部屋の絨毯をめくると、華怜は地面に向かって手を翳し、"知識こそ力、知識こそ美"と呟く。
すると、床が持ち上がり地下へと続く階段が現れた。
「さぁ、もうすぐよ。……ねぇ、雄飛、アイツに会う前に1つ約束して欲しいの」
彼女は俺の目をまっすぐに見つめて言う。
「何を約束したらいいの?」
と俺が尋ねると、彼女は言った。
「アイツは、あなたに能力者としての知識を授けてくれると思う。……だけど、研究者としての興味や探求心から、あなたを唆すことを言うかもしれないわ。だけど、自分の意志をしっかりと持ち続けて欲しいの」
華怜は真剣なまなざしで俺を見つめていた。
「わかった。約束するよ」
俺がそう言うと彼女は微笑むと俺の手を握った。そして俺たちは地下へと降りていく……。
一番下まで降りると、先ほどまでとは異なる最新の研究施設のような扉があった。
俺と華怜が近づくと勝手に扉がスライドして開く。
少し進むと、何やら薄暗い部屋で薬の調合をしている白衣の人物の姿があった。華怜に視線を向けると、彼女はこちらを見て小さくうなずく。
「あの……すみません。俺、華怜に連れてきてもらったんですけど……」
俺が恐る恐る声を掛けると、その人は試験管を戻して、こちらに振り向くと口を開く。
「ん? おやおや、これはまた随分と小さな来訪者だ」
白衣を着た人物は女性だった。年齢は20代半ばくらいだろうか? 眼鏡をかけており、髪型は美しい青色のショートカットだ。日本人だろうか……いや、それよりもまるで作られた美麗な映像の中から出てきたかのような、そんな美しい女性だった。
彼女は俺を見てフッと微笑む。そして華怜の方に視線を向ける。
「
白衣の女性がそう言うと、華怜はムッとした表情で言い返す。
「未練じゃないわよ。私は生まれ変わってからもちゃんと楽しくやってるわ」
俺は2人のやり取りを呆然と見つめていた。倉城? それが華怜の1つ前世の名前?
「ふぅん。ま、私としてはどっちでも構わないのだけどね」
「な、なによ……。と、とにかく今日は私じゃなくて、この子の能力を見てあげてちょうだい? 新しい能力の知識も手に入るかもしれないし、あんたにとっても悪い話じゃないでしょ? あと、この子はまだ能力の制御が完全じゃないから、あんたも調整手伝ってよね!」
華怜は指を差しながらそう言う。
「やれやれ、相変わらずいっぺんに話し過ぎだ、えっと、今回の名前は華怜だったっけ? 研究に明け暮れている多忙な私の脳はパンク寸前。もっと優しくしておくれよ~」
女性はそう言うと、華怜の頬を両手で包むとムニムニする。……この人は、いったい何者なんだ?
「ちょ、ちょっとやめてよ! もういいからさっさと雄飛の能力を見てあげて!」
華怜は女性の手を払い除けるとそう言う。
女性はそんな華怜を愉快そうに見つめた後、俺に視線を向けて再び微笑んだ。
「挨拶がまだだったね、雄飛くん。私の名前は……そうだね、
そう言うと彼女は眼鏡を外して、俺の目を見つめる。……なんだろう、優しさと冷静さが同居しているかのような、そんな不思議な眼差しだった。
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