第11話「成長する能力」
小学校での生活が始まった。
友達は……ほとんどできなかった。精神年齢が違いすぎるせいか、彼らと同じ遊びをしても心から楽しむことができなかった。子供というのはそういうものに敏感なのか、俺はあまり遊びに誘われることが無くなった。仲間外れにされている、というわけではなかったけど、俺と遊んでも面白くない、と彼らに思われてしまったのだろう。
でも、それは仕方のないことだと思うし、俺は特に気にしなかった。
両親、特に母さんはかなり心配していたけど……。母さん自身も、子供の頃あまり友達が多くなかったらしいから、俺のことを特に心配しているかもしれない。
「雄飛く~ん、可愛いねぇ!」
「好きな食べ物はな~に?」
「弟にした~い!」
……同級生には人気が無いけど、高学年の女子生徒たちからは異常に可愛がられていた。華怜からもらった首飾りを持ってきているのに、毎日こんな感じだ。
「能力無しでも、元がいいから人気ってことよ。腹立つけど、あなたの顔って可愛いもんね」
俺がその理由を華怜に尋ねると、少しムッとしたように返されたのだった。
「ま、まぁ……それは仕方ないよな……」
「そうよ、あなたの可愛いママに感謝しなさい?」
そう言って、華怜は腕組みをして微笑む。
たしかに俺は、かなり母さん似だ。
「うん、わかってるよ」
俺は母さんの笑顔を思い浮かべながら、うなずく。
こんなにチヤホヤされた経験は前世では皆無のため、少し有頂天になってしまう。だけどこういうところから、自分の能力が持つ魅力に逆らえなくなって、欲望に身を任せる危険性だってある。だからこそ気を引き締めないと……。
俺はそう自分に言い聞かせるのだった。
華怜の首飾りのおかげで、自分の能力に苦しめられる頻度は減ったものの、問題が1つも無いわけではなかった。
まずは母さんとのお風呂の時だった。
これまで通り、父さんとお風呂に入る時もあれば、母さんとお風呂に入る時もある。
最近は父さんが翌日の仕込みや、他の経営者との打ち合わせ等で忙しいため、母さんと一緒に入ることが多かった。
問題はその母さんとの入浴の時だった。。あたりまえだが、首飾りを着けて入浴することはできないため必然的に華怜の"抑制"の力が働かないのだ。
さすがに血を分けた母親であるためか、俺の魅了は彼女には作用していないようだったが、俺自身が問題だった。
早熟……いや、これはもはや"有り余る精力"とでも言ったほうが正しいだろう。湧いて出る欲望が抑えられないのだ。
母さんと浴槽で密着して、俺は否が応でも興奮してしまう。俺は、それを必死に隠すのに必死だった。
実の母親だというのに、俺は……。自分が恥ずかしく、そして
母さんの方はというと、これまで通りの接し方だ。俺は風呂から上がっては、すぐに1人で欲を発散する日々を送っていた。
だから俺は、父さんと母さんがリビングにいる時に、提案した。
「ねぇ、パパ、ママ。僕、小学生になったからお風呂1人で入ろうと思うんだ!」
俺は、なるべく明るくそう言った。すると父さんが、
「そうか~、う~ん、父さん寂しいなぁ」
と、少し寂し気な笑みを浮かべる。
母さんの方はというと、ついに来たかといったようにショックを受けた様子で、
「ゆ、雄飛ちゃん……。もう少し入ろうよ! ママ、寂しいよぉ! ママ雄飛ちゃんと入るのが楽しみで仕方ないんだからぁ!」
そう言って、俺に抱きついてくる。俺は慌てて母さんを引き離しながら言う。
「い、いや、でも……やっぱり小学生にもなったし……」
俺がそう言うと父さんが、
「まぁ確かにな。そろそろ1人で入ってみないとな」
「そんなぁ……」
母さんは涙目になる。そんな彼女を父さんが慰めながら、俺に言う。
「でも、パパもママも寂しいから週に1回くらいは一緒に入ってくれると嬉しいぞ!」
俺は少し考えてうなずく。まぁ、もう少しの間だけ週に1回ずつくらい入ってあげる方がいいか。急に今日からもう一緒に入りません、だと母さんのショックが大きいだろう。
事前に俺の状態を調整すれば、母さんと入浴したって大丈夫なはずだ。
「うん、わかったよ。じゃあ週に1回ずつパパとママと入るね!」
それを聞いた母さんは、一瞬で笑顔になって俺を再び抱きしめた。
「雄飛ちゃ~ん! ありがと~! 大好きっ!」
これでとりあえず1つ目の問題は、ある程度解決できたと思う。
もう1つの問題が起きた。
それは、うっかり首飾りを忘れてしまった日だった。道行くお姉さんや女子学生、おばさんたちの視線が俺に向けられる。
「ねぇ、あの子可愛くない?」
「将来超絶イケメンになりそう」
俺は、そんな周囲の反応を見て自分が首飾りを忘れてしまったことに気付く。
昨日は休日で外に出かけたのだが、その際にランドセルから、お出かけ用のかばんに移してそのまま忘れてしまったのだ。取りに戻ろうにも、それでは遅刻してしまう。
どうしよう……と、思ったが、学校には華怜がいる。学年が1つ違うけど、彼女がいれば何とか対処してもらえるかもしれない。そう考えた俺は、女性たちの視線から逃げるように、学校へと急いだ。
校門に入って振り返ってゾッとした。電柱の影や建物の後ろから、俺を見つめる女性が大勢いたのだ。
彼女たちの目は妖しく半開きになっており、俺は慌てて校舎へと逃げ込んだ。そして自分の教室の自分の席に座ったところで、華怜がやってきた。彼女は息を切らして俺の席まで来ると手を引いて廊下に連れ出した。
「か、華怜!?」
「雄飛! 首飾り忘れたでしょ!?」
「え、あ……」
俺は動揺して言葉がうまく出ない。
「……とりあえず後で話すから、まずは自分の力の恐ろしさを少し見てみなさい?」
そんな俺の様子を気にも留めず、彼女は俺を3階へと連れて行くと、そこから校門の方が見える窓へと向かう。窓から見える光景に俺は、言葉を失う。
校舎の敷地の外に、明らかに異様な女性たちが十数人以上ウロウロしていたのだ。
「な、何あれ……」
俺が呟くと彼女はため息をつく。
「……雄飛の魅了の能力、相当強力なものみたいね……」
「ど、どうすれば……?」
俺はすがるように華怜に言う。すると彼女は窓に近づいて言った。
「首飾りを忘れるとこうなるのよ。これでよくわかったかしら?」
彼女の言葉に俯くと、彼女は俺の顔を上げさせて困ったような顔で笑う。
「まっ、でも人間誰だって失敗することもあるんだから、あんまり気にしちゃダメよ? ……だけど、自分の持つ能力がどれだけ周囲に甚大な影響を与えるか、それだけは覚えておいて?」
「う、うん……わかったよ……」
俺がうなずくと彼女は、俺に向かって手を
「さて、それじゃあ雄飛の能力を一時的に抑制するわね」
すると、彼女の体が青い光に包まれ、その光が俺の体を包み込む。少しすると、その光は消えた。
……特段、体に変わったところは無いようだ。本当に何か変わったのだろうか、と思いながらふと外を見ると、先ほどまで洗脳されたかのように、集っていた女性たちが我に返ったかのように歩き出している。
「あ、ありがとう……。なんだかよくわからなかったけど」
俺がお礼を言うと彼女は言った。
「派手な技とか、かっこいい詠唱を期待していたならごめんね。私の能力は地味だから。それと、この子供の体だと本領発揮は難しいからすぐに能力が切れちゃうわ。持ってお昼休みまでってところだから、給食を食べたらすぐにまた私のところに来てくれる? 能力を掛け直してあげる」
「う、うん……。わかった」
俺はそう返事すると華怜は安心したように笑って言った。
「じゃ、もう行って大丈夫よ! あ、それと……」
「ん……?」
俺が首をかしげると彼女は言う。
「今後は首飾りを忘れないように、気をつけなさい?」
「うん……」
俺は素直にうなずくと華怜はほほ笑んだ。そして彼女は俺の頭をポンッと撫でると自分の教室へと戻って行った。
華怜のおかげで助かった。でも彼女の言うように、今後は気を付けないと……。
俺はその日、改めて自分の持つ能力の恐ろしさを認識するのだった。
こうして小学2年、3年と何事もなく過ごしていた俺。
だけど4年生になった時だった。首飾りをしているにも関わらず、女性からの視線が増えて来たのだ。華怜もそのことに気付いていたようで、俺に言った。
「もう私だけの力で抑えるのは限界みたいね……。やっぱりアイツに会って、あなたの力を詳しく調べてもらう必要がありそうね。あなた自身で能力を制御できるようになるためにも……」
俺は、華怜の言葉にうなずく。
「そうだね……。でもアイツって?」
俺が尋ねると彼女は言った。
「前に話したことがあったと思うんだけど、山奥に暮らしている私の知り合いよ。転生者に詳しいはぐれ研究者よ」
「はぐれ研究者……?」
俺が聞き返すと彼女はうなずく。
「そう。どこにも属さない、誰とも協力しない孤高の研究者。たしか指名手配もされているはずよ」
「指名手配って……。なんでそんな人が華怜の知り合いなの?」
俺がそう聞くと、彼女は言った。
「まぁ色々あってね……。でもアイツなら、きっとあなたの力についても詳しく調べてくれると思うわ。……大丈夫よ、指名手配されてるけど、凶悪犯とかじゃないから」
俺の不安を察したのか、華怜がそう声をかけてくれた。何者なのかは気になるけど、まずは会ってみないことにはわからない。ここは華怜を信用して、彼女と一緒にその人物を尋ねるべきだろう。
そうしないと、俺は近いうちに、能力の欲に勝てなくなるかもしれない。それ以前に、魅了されてしまった人たちによってどんな危険な目に遭わされるかわからないのだから。
俺は、華怜とその研究者の場所へ行く計画を立てることにするのだった。
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