第10話「転生者の能力 ~魅了と抑制~」

 それから数日が経ち、俺はようやく華怜に電話するチャンスが来た。今日は母さんが、役所に手続きに行くとかで出掛けていったし、父さんは夜まで帰って来ない。じっくり話すなら今がチャンスだ。

 俺は家の電話から、華怜に電話を掛けた。彼女の母親が出るかもしれない、と思っていたが、最初から華怜が出てくれた。

「もしもし、雄飛? どうかしたの?なんか声が暗いけど……」

「か、華怜! 頼む、助けて!」

 俺が慌てて言うと、彼女は真剣な口調で尋ねてきた。

「……何かあったのね?」


 俺は深呼吸をして心を落ち着けてから、彼女に事の経緯を説明した。すると電話の向こうで華怜はため息をつく。そして言った。

「はぁ……。なるほどね、そんなことになってたわけか。それで私に電話してきたってわけね」

「うん……華怜なら何かわかるかと思って……」

 俺がそう言うと、華怜は即答した。

「精神が大人だから、ある程度は仕方ないんじゃないの? 特に雄飛の場合は、前世で女性との付き合いが浅かったわけだし……。精神に合わせて肉体が早めに成長してるのかもよ?」

 俺は驚いて聞き返す。

「え? でも俺、まだ6歳だよ?」


 俺の疑問に対して、華怜は冷静に答えた。

「えぇ。でも雄飛は転生者よ? もっと幼い頃から、身体能力だって周りの子供に比べて高かったでしょ? あり得ない話じゃないわ」

 俺は少し考えてから、華怜に言った。

「いや……でもやっぱりおかしいくらいなんだ……。まだなんとか隠してるけど……その……」

 俺が言い淀むと、華怜は俺に話の続きを促す。

「その……なに?」

「え、えっと……もう……その……男としての機能が備わってるんだ……6歳なのに……」

 俺は恥ずかしさに、消え入りそうな声で言う。普通は早くても10代前半だろうに、俺は6歳でもう……。


「なるほどね……」

 華怜は少し驚いた様子だったけど、すぐに納得したように呟いた。そして続ける。

「それは確かに普通じゃないわね。……そうね、やっぱり雄飛の転生者としての能力はみたいね」

「え?そっち系?」

 俺が聞き返すと華怜は言った。

「えぇ、雄飛の能力は『異性を魅了する能力』、そしてまだはっきりとは分からないけど、おそらく早熟であることももう1つの能力だと思うわ。……本当に厄介な能力を持って生まれたわね……」

 華怜はため息をつく。


 俺は彼女の言葉を反芻する。異性を魅了し早熟である、本当に性に特化した能力だ。でも、そんな能力が俺に備わっていたなんて……。

「そ、そんな……じゃあ俺ってこれからどうなるんだ……?」

 不安になってそう尋ねると彼女は、

「首飾りを持っていれば、能力を抑えることができるわ。でも欲求ってのは、抑えれば抑えるほど溜まるものよ。だからいずれ、首飾りを持ってても欲望に負けてしまうかも」

「え!? そ、そんな……」

 華怜の一言で絶望感に襲われる。俺はこれからどうすればいいんだ……。

「自分で定期的に処理するしかないわね。方法は知ってるでしょ? 大人なんだから」

「う……うん……」

 俺は弱々しく答える。つまりはそういうことだ。まさかこの歳でそんなことをするハメになるとは……。


「もう1つの能力がはっきりとわからない以上、首飾りを持ち歩きながら様子を見るしかないわね。また、何か困ったこととかおかしいって感じることがあったらいつでも電話して?」

「うん……わかった。ありがとうな」

 俺は、彼女の言葉にため息をつきながら感謝の言葉を伝える。不安が拭えなかった。



「そういえば、俺の能力についてはわかったけど、華怜も転生者だから何か能力を持ってるんだよな? よかったら、教えてくれないか? 少しでも転生者の情報が欲しいんだ……」

 俺がそう尋ねると、華怜は少し間を置いてから言った。

「……そうね、あなたになら話してもいいかもしれないわね。私の能力はね、『抑制よくせい』よ」

「抑制……?」

 俺は首を傾げる。華怜は続けた。

「そう、私は自分の周囲の環境や身の回りの物質、現象なんかをある程度弱めることができるわ」

 俺は素直に感心する。そんな能力もあるのか……。って、ことはもしかして……?


「そうよ。私の抑制は、他の転生者の能力にも作用することができるの。ある程度近くにいないと能力の効果は作用しないんだけど、物質に抑制の力をエンチャントすることで、離れていても持ち主の能力を多少抑制することができるわ。雄飛に首飾りを渡したのは、そのためよ」

「なるほど、それで俺の持つ能力が抑えられてるってことか……」

 俺は納得して頷く。


 でもなぜ彼女は、俺の能力がわかる前に先んじて能力を抑制する首飾りを贈ってくれたのだろうか? それが気になって尋ねてみた。

 彼女は、すぐに答えを返してくれた。

「あなた自身も気付いていると思うけど、まだあなたは自分の能力をきちんと理解できていないでしょ? 自分自身で制御できない力は、あなた自身にとっても周囲にとっても、最悪の結果をもたらす可能性があるわ。だから、それを防ぐ意味でも私の能力が籠められた首飾りが必要だったのよ」

 確かにその通りかもしれない。自分の能力を理解できないのは危険だ。ましてや俺の能力のように、周囲の異性に見境なく作用する能力は、人間関係の破綻や混乱を招かないとも限らない。


「それにね、転生者としての能力を悪用する人もいるわ。雄飛は大丈夫だと思うけど、まだ制御できない強大な能力の欲望に、飲み込まれてしまう可能性だってゼロじゃない。あなたの能力は特に欲望に根差したものなんだからね」

 華怜の忠告に、思わず身震いする。なんて危険な能力なんだ、と。

「わかった。教えてくれてありがとうな……。とにかく、気をつけるよ……」

「小学生になってもう少し自由に行動できるようになったら、私の知り合いに詳しく能力を見てもらいましょ? 私よりも転生者の能力に詳しい人がいるから」

 今すぐには会えないのだろうか、と彼女の話を聞いて思った。できるだけ早く自分の能力について知りたい。そしてそれを制御できるようになりたい。……そうでないと、近い将来とても良くないことが起こってしまいそうだ。

 俺は、華怜にそう伝える。


「……残念だけど、それは無理よ。その人は、この町から2時間も離れた山奥に暮らしているの。小学1年生の私と園児の雄飛じゃ、たどり着く前に警察に保護されるのがオチね」

 彼女は、俺の不安を取り除くようにそう言ってくれた。でも確かにその通りだろう。子供二人で山奥になんて行けるわけがない。俺は諦めてため息をつくと、華怜は言った。

「そう落ち込まないで? そのために首飾りをあげたんだから。それ以上のことがあっても、いつでも連絡してくれればいいんだし」

 俺は素直に頷く。本当に彼女には世話になりっぱなしだ。


 彼女のその言葉に、

「わかった……。ありがとう華怜、色々と教えてくれて……」

 俺が感謝の言葉を伝えると、彼女は少し照れたように答えた。

「べ、別にいいわよ。転生者の先輩として、あなたがある程度自立するまでサポートするって決めたんだから。気にしないで」

 彼女のその言葉を聞いて、俺はなんだか嬉しくなる。彼女は少し間を置いてから続ける。

「それと……くれぐれも気をつけること! あなたの力は非常に強力だから。わかった?」

「うん、ありがとう!」

 俺は元気よく答えると、華怜も安心したように笑った。


 そして電話を切ろうとしたが彼女は言った。

「雄飛」

「ん?」

 俺が聞き返すと彼女は続けた。

「……お願いだから無茶だけはしないでね? 私はあなたの味方だから」

「ありがとうな……」

 彼女にお礼を伝えて、電話を切ったのだった。

 俺には華怜という心強い味方がいてくれると思うと、抱えていた不安が少し軽くなるのだった。



 それからは、華怜の首飾りと自己発散で、能力とうまく付き合う日々が始まった。そのおかげでなんとか1年間を無事に過ごすことができ、俺は小学校に入学することになった。これで華怜と再び、いつでも直接話をすることができるようになる。これはかなり助かる。

 そしておそらく小学校高学年にもなれば、ちゃんと行き先を告げれば、お互いの親も日帰りでのお出かけなら許してくれるだろう。

「雄飛ちゃん、名前を呼ばれた返事をして立つんだよ? 練習した通りに頑張ってね! ……うぅ、私が緊張しちゃうよぉ~!」

 ……俺の母さんは、この通り過保護すぎるから怪しいけど……。


 無事に入学式も終え、次の週から学校に通うことになった。楽しみでもありつつ、1つ上の華怜が言っていたように、簡単すぎる授業の日々が始まると思うとちょっと憂鬱ゆううつでもある。

「雄飛、入学式立派だったぞ!」

 父さんが俺の頭を撫でながら褒めてくれる。母さんは手にしたカメラで、何度も俺の写真を撮る。

「人生で一度きりの小学校入学式の雄飛ちゃん♪ こっち向いて~?」

「もう、恥ずかしいからやめてよママ」

 俺は少し恥ずかしそうにする。


「雄飛、今日はお祝いに料理とケーキを作ったからな!」

「ありがとう、パパ、ママ! 僕、小学校でも頑張るよ!」

 俺は、はにかみながら両親にそう伝える。そして2人に感謝しながら、その日は家族3人で楽しく過ごしたのだった。

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