第3話 出頭理由
鈴木刑事としては、清水刑事が何を言いたいのか、正直分からないでいた。
清水刑事は、頭脳明晰ではあったが、言葉の使い方とすれば、それほどボキャブラリーが豊富な方ではなかった。それだけい、言葉の使い方を間違えると、
「相手をいかに勘違いさせてしまうか」
ということになると、思っていた。
しかも、
「清水刑事には、その自覚があるのかないのか分からない」
と、鈴木刑事は思っていた。
そのことを、他の先輩刑事の様子を見ている限り、
「清水刑事には自覚がある」
という人と、
「自覚がない」
という人とに分かれていて、その分かれているという印象に対して、まわりは、同情的に見ているという考えであるといってもいいだろう。
清水刑事を見ていると、
「この人のことが分かるまでには、一定の期間がかかるだろう」
ということで、その期間も、
「そんなに短くはない」
といえると思っていた。
しかし、
「一度分かってしまうと、あとから考えて、これほど分かりやすい人はいない」
と考えるようになると思うのであった。
刑事というのは、
「一人で行動せずに、ペアで行動する」
というのが基本であった。
だから、コンビが、結構長く続くというのは当たり前のことであったが、清水刑事は、頻繁にコンビを変えているということであった。
しかも、ほとんどが、
「新人刑事」
ということで、それを見ただけでも、
「清水刑事は、新人の教育係であろう」
ということは、火を見るよりも明らかであった。
だから、今は、鈴木刑事がコンビであるのであり、刑事課に配属されてすぐに、家長から、
「君のコンビには、清水刑事を当てるから、その間に、たっぷりと、刑事のいろはを叩き込んでもらえばいい」
といってもらったものだった。
配属されて、まだまだ、
「期待と不安が入り混じっている」
ということで、期待の方が大きな状態である鈴木刑事には、清水刑事という先輩は、
「実にありがたい存在」
といってもいいだろう。
だから、鈴木刑事は、基本的に、
「清水刑事の考え方や、その行動に反対する」
ということはなかった。
この時も、
「清水刑事のよく分からない反応」
というのも、
「清水刑事のことだから、何かそれなりに理由のあることだろう」
という思いから、
「清水刑事に対して、おこがましい考えであるが、自分も清水刑事になったつもりで考えてみよう」
と考えるようになったのだ。
質問をする自分と、それにこたえている清水刑事。その清水刑事と同じ立場で考えようというのだから、
「土台無理なこと」
ともいえる。
それこそ、
「十人のまったく違った人が同時に話をしたことを聴き分けたと言われる聖徳太子のようではないか?」
と考えたほどである。
それでも、清水刑事の考えていることをいかに考えるかであるが、そもそも、
「時系列でしか考えることはできないんだ」
ということから、
「順序だてて考えさえすれば、理解できないことはない」
という結論から、
「及ばないまでも、自分なりにやってみようという意識を持つべきだ」
と考えるようになったのだった。
出頭してきた男は、名前を、
「西田俊」
という男であった。
この名前は、少年課であったり、生活安全課では、それなりに知られた名前であった。
少年課に関しては、前述のとおりだが、生活安全課としても、街のチンピラなどが、引き起こしている
「詐欺事件」
に、いつもかかわっていると言われている男で、若い中でも、
「重要な役割を果たしている」
といってもいいだろう。
下手をすれば、
「鉄砲玉」
とも言われていて、他の人の身代わりになって自首してくることもあったくらいの男だったのだ。
ただ、今のところ、詐欺事件自体が、
「うまく計画されている」
ということで、手配をされたり、逮捕に至るということはないのであった。
それを考えると、余計に。
「やつが出頭してきたのは、誰かをかばっての出頭なのか?」
とも考えられたのであった。
実際に、やつが話している内容に、おかしなところはなかった。
話し合っていて、誤って殺してしまった」
ということ、そして、その内容に関しては、
「ちょっとした行き違いから口論になり、あの場所で話そうとお互いが言ったことで、あの場所での話になった」
ということであったが、そこには、借金問題が絡んでいるということで、その理由とすれば、無理のないことだといえるだろう。
そして、
「場所が移動していた」
ということに関しては、
「あの場所に死体があると、すぐに見つかってしまうかも知れないと思ったからだ」
というが、これに関しては、説得力は薄かった。
しかし、他が、怪しいと言えば怪しいが、それなりに考えての供述だけに、理屈は通っていることから、余計に、説得力のないことが一つでも混ざっているということで、話に信憑性があるといってもいいような気がするのであった。
「木を隠すには森の中」
と言われるが、少しおかしな犯罪であればあるほど、その信憑性に、一貫したものがないといって方がいいのかも知れない。
分かりやすさだけが、信憑性ということではないということである。
それを考えると、
「やつの話の内容には、信憑性の有無に関係なく、筋は通っているように思えるんだよな」
ということであった。
この話は、少しでも、他人事だと思う人が聞けば、信憑性がまったくなく、理路整然としていないことから、
「信憑性がない」
というよりも、
「理解できない」
ということになるのであろう。
それだけ、話の信憑性というものが、いかなるものかということを考えると、
「何かの疑問があるという方が、理屈に合っている」
といえるのではないだろうか?
西田の話は、
「ところどころの話としては、辻褄が合っていないように見えるが、一貫はしている」
といえるような気がする。
もし、この逆で、
「辻褄が合ってはいるが、一貫していない」
という場合とで、どちらが、刑事としては信用できるか?
ということを考えると、そこに答えはないような気がする。
その時々で、理屈も辻褄も違っているわけで、犯罪の度合いによっても違うし、そうなると、
「結論として考える場合」
ということでの、
「やつが誰かの身代わりで出頭してきた」
ということなのか?
ということも、理屈として納得できることなのかということになるのであった。
もう一つ考えることで、
「刑事の技量」
というものもかかわってくる。
犯罪を犯したり、刑事と対することが使命のようになっている連中からすれば、相手がどんな刑事であるかということを知る必要があるというものだ。
そういう意味で、
「やくざの事務所では、刑事一人一人についての情報はきちんと得ている」
というところが多いのではないだろうか?
もちろん、
「警察というところは、公務員」
ということは分かっているので、中には、
「いかにも公務員」
という刑事も多いだろう。
だが、そんな刑事を相手にする必要はなく、かといって、熱血刑事というのも、今の時代にいるとは思えないので、結局は、
「平均的な刑事」
という人たちを相手にするということになるであろう。
となると、彼らの違いというと、
「年期」
ということになるのかも知れない。
まだまだ、素人といってもいい新人刑事、あるいは、半分は、通通といってもいいようなベテラン刑事までいる中で、そのランク分けさえできれば、警察を手玉に取ることくらいはできるのではないか?
ということであった。
もちろん、年期の入り方の中にも、個人差があるわけで、それが、
「刑事としての魂」
といえるものなのかも知れない。
だから、新人刑事の中にも、
「扱いにくい」
というタイプの刑事もいる。
「何を考えているのか分からない」
というような刑事ほど、相手にしにくいといえるだろう。
相手がいくら、
「刑事魂をしっかり持っている」
といっても、そのレベルが分かっていれば、
「逆に利用できる」
というくらいにだって見ることができるというものであった。
やつらにとって一番厄介なのは、当然のことながら、清水刑事であろう。
清水刑事は、
「俺たちから情報をえようとすることもあるが、それも、場をわきまえていて、決して無理なことはしない」
ということであった。
それを考えると、
「俺たちとは、かなり考え方は違っているが、それでも、他の刑事たちよりも、考え方は血かい気がする」
ということであった。それは、
「一周回って戻ってきたところ」
という考え方をするからであった。
だから、
「他の刑事たちに対しては、こちらの思惑を当てはめることで、いかようにも洗脳できる」
というくらいにまで思っているが、
「清水刑事に関しては、似ても焼いても食えないというような、百戦錬磨の人ではないか?」
と考えるのであった。
ただ、
「そういうことを、清水刑事も、自分たちに感じているのではないか?」
と彼らは考えている。
つまりは、
「考え方が似ていることで、相手が何を考えているかということが分かってしまっているのではないか?」
と考えられるということであった。
だから、
「百戦錬磨」
というものであり、
「お互いに何を言っても、相手には通じない」
と思えることもあれば、
「何を言っても言い訳にしか聞こえない」
ということで、
「赤子の手をひねるかのように、手の打ちようがない」
ということになるかのようにも思えた。
清水刑事は、この出頭してきた、
「西田」
という男と面識があるわけではないが、少し取り調べしただけで、
「まるで、狐とタヌキの化かし合いになってしまう」
と感じたほどだった。
だからと言って、清水刑事の顔面に、
「苦虫を噛み潰したような感情が浮かんだわけではなかった」
というのは、
「相手が何かを企んでいるということが分かっているだけに、それが何かということが、容易に分かってこないことに、苛立ちを覚えている」
といってもいいだろう。
「自分にとって、分からないことが今まではあまりなかった」
と自負しているのに、今回は分かりそうで分からないというこの感覚が、いかにも気持ち悪いという感覚になってしまったということであろう。
ただ、一つ分かっていると感じているのは、
「やつは、出頭してきたといっても、人の身代わりで出頭したのかも知れないが、それだけではないような気がする」
ということであった。
そこまで聴いて考えてみると、鈴木刑事にも何か分かってきたような気がした。
「今回の自首というのは、安全性を考えたからじゃないんでしょうか?」
と、少し遠回しな言い方だと自分でも思いながら、鈴木刑事はいうのだった。
それを聴いた清水刑事は、さっきまでの、苦虫を噛み潰した表情から、幾分か和らいだ表情で、さらに、何かを期待しているかのような顔にもなっていた。
「ほう、それはどういうことかな?」
と、興味深げに聞いてきたのだ。
それは、上から目線ではなく、下から見上げるような表情で、今までの清水刑事の態度にはなかったものだった。
清水刑事からすれば、鈴木刑事に対して。
「少しは成長してきたかな?」
というもので、それだけ、自分が対等な立場に立って、しかも、
「同僚と、事件に関して、ああでもないこうでもないという話をしているかのように感じられる」
というものであった。
それが、
「後輩の成長を見守る上司」
ということで、今までになかった態度ということだったのだろう。
「西田という男のことは、正直私も面識がないので、かつてに彼に対しての調書からしか判断はできないので、あくまでも、想像の域を出ないということで話をさせてもらいますが」
という前置きをしたことで、
「ほう、だんだんと刑事としての考え方が分かってきたかな?」
と、清水刑事は考えた。
「それで?」
と、考えたうえで聞いてみると、
「彼は、今まで子供の頃から、ずっと道を踏み外しているように見えますが、それは、最初に踏み外した道が、すべてに対して影響しているといえるのではないかと思うんです。だから、今の人生もその延長線上であり、ただ、今は、その根本に、チンピラとしての考えがあるということで、その二つを考え合わせれば、誰かに命を狙われているか何かがあって、それを逃れるために、一番今では安全ともいえる、警察の中と考えたのではないですかね?」
というのであった。
それを聴いて、清水刑事も、納得の表情になった。
そのことを、果たして鈴木刑事が分かっているのかどうか、そこまでは分からなかったが、清水刑事とすれば、
「それが合っているかどうかは分からないが、少なくとも、俺と考えかたの路線が違うということはない」
ということで、
「これからの捜査では、鈴木刑事の考えをある程度優先してもいいかも知れない。しかし、増長させないように、コントロールはしていかないといけないな」
というところまでは考えていた。
清水刑事と、少なくとも、方向性としては違っていないということで、多数決で考えれば、かなり、
「圧倒的な差になるだろう」
ということが分かったので、ある程度までは、その路線で考えてもいいはずである。
それを考えると、鈴木刑事だって、
「自分の考えが間違っていない」
と思うだろうから。それが、そのまま自信につながる分にはいいが、増長であったり、うぬぼれであったとするならば、誰かが制ししないといけないということは分かっているのであった。
「じゃあ、何から逃げているというのかね?」
と、清水刑事がいうと、さすがに、鈴木刑事も、言葉が出てこなかったが、
「そこまではまだわかりませんが、捜査をしているうちに、次第に明らかになっていくことなのではないでしょうか?」
と力強く言った。
清水刑事としては、
「この言い方は、この時点であれば、一番正解に近い回答だ」
と感じた。
要するに、
「自分が少しでも正しいと感じたことは、自信を持ち続けることで、それが、正解になる」
ということを感じたのであろう。
自信を持つということは、
「自信過剰であっても、慢心出ない限りは悪いことではない」
と思っていた。
清水刑事は、
「自信過剰」
ということを嫌いだとは思っていない。
むしろ、
「営業などが、自分に自信の持てないものを売りに行くということはありえない」
と思っているからだ。
その売るものが、本当にいいものかどうか分からないが、
「売るものは、そのものではなく、自分自身である」
ということを考えていれば、
「それが自信というものに繋がる」
と考えているのであった。
「ところで鈴木君は、今回の事件をどう思っているのかな?」
と、清水刑事に言われた鈴木刑事は、
「清水刑事が何を求めて質問したのか?」
ということを気にするということはなく、少し考えてから、
「とにかく、不思議な事件だと思っています。清水刑事が以前に言われていたように、事件なのか事故なのか? ということになれば、死体の場所が変わっていることであったり、どうしてあの場所だったのか? または、早朝のあの時間に死体が発見されたということも不思議の一つですよね」
と鈴木刑事は、答えた。
ちなみに、第一発見者である牧田刑事を訪ねたが、牧田刑事は、不思議なことに、
「自分は通報していない」
ということであった。
その日の当直が、まだ経験の浅い鈴木刑事だったことで、その声が誰だったのかということを疑うことはなかった。
もっとも、他の刑事でも、いきなり、
「人が死んでいる」
などと言われると、相手の声に聞き覚えがあるかということも考えないだろう。
しかも、話がすべて終わった後で、鈴木刑事が、
「あなたは?」
と聞いたから、
「私は以前、そちらの署の生活安全課にいた牧田です」
と言ったのだから、それ以上、誰も何も言わないというのは、相手には想像がついたことなのかも知れない。
その人物が牧田刑事だったのかどうかというのは、どっちみち、分からなかったことであろう。
もし分かったとしても、それをいちいち聞くこともしないだろうし、何といっても、
「通報してきたのだから、通報者は当然その場所で待っていることだろう」
と考えるからであった。
「まさか、通報者がいないなんて」
と思ったのは、
「相手が刑事だったから」
ということであり、
「通報はしてきたが、本当にいるかどうか、それが一般市民であれば、分からないだろう」
と言ってもいい。
その人に、他に事情があるのかも知れないし、それ以上に、
「厄介なことに巻き込まれたくない」
ということで、
「通報はしたが、後悔している」
という人もいたり、あるいは、
「関わりたくはないが、通報しないと、その人が死んでしまうと、自分が罪に問われてしまう」
という、反対の考えもあってしかるべきであろう。
どちらにしても、
「普通なら、第一発見者なんかになりたくはない」
と思っているに違いない。
下手をすると、警察に通報したことで、
「見てはいけない何かを見た」
と本当は見てもいないのに、相手に勝手に勘違いされたり、
「無意識に相手が見られたくないものを見てしまった」
ということで、
「それこそが厄介なこと」
として相手に警戒され、結局は、
「命を狙われる」
ということになるかも知れないからである。
そういう意味では、
「通報はしたが、第一発見者がその場にいない」
ということは、
「あってしかるべきだ」
と警察とすれば、十分に考えられることである。
さらに、今回の事件で、
「なぜ、出頭という形にしなければいけなかったのか?」
ということである。
別に放っておけば、警察の方で、それなりの捜査をすることになるだろう。
そこで考えられるのは、
「警察による通り一遍の捜査をされると、困る人がいる」
ということになるからではないだろうか?
であれば、そこで矛盾が生じてくるのだ。
というのは、
「死体をわざわざ放置した」
ということがおかしいというのだ。
死体の処分もせずに、放置しているということは、
「死体が見つかっても構わない」
ということである。
「今の状態で捜査をされると困る」
ということであれば、
「最初から見つからないようにしていなかったことを後悔している」
と言ってもいいだろう。
最初は、
「死体が見つかっても、おかしな方に捜査が向いてしまう可能性があると思わなかった」
ということであれば、その理屈も通るのだが、警察の今の捜査は、ほとんど情報がない中で、しかも、分からない不思議なことが多いことで、
「警察がどのような捜査をするのか、正直分からない」
と言ってもいいだろう。
そんな状態で、どちらに転ぶか分からない時、
「本来なら、何も手が打てない」
といってもいい時、
「替え玉なのかも知れない」
という男を出頭させるということになれば、辻褄が合わないだろう。
もし、本当に彼が犯人だったのだとすれば、自分から出頭するということで考えられることは、
「いずれは警察に捕まってしまう」
ということを考え、
「それならば、最初から自首することで、捜査員や裁判においての心証を少しでもよくしておこう」
と考えるくらいしかありえない。
ただ、それであれば、いまだ、捜査がまったく進んでいない状態で、出頭してくるというのはおかしいだろう。
気が弱い男であれば分からなくもないが、少なくとも、今までチンピラとしては、
「百戦錬磨」
ということで、
「第一線における鉄砲玉」
とみられている男が、簡単に自首してくるというのは、ありえないといえるのではないだろうか?
しかも、
「やつは、やくざの組からすれば、重要な役目ということでしか表に出てこないような男なので、もし、彼が本当にやったのだとすれば、組としては、保身を考えるということからも、自首すると言っても、止めるのではないだろうか?」
というよりも、
「組が、やつの罪を他のやつにおっかぶせるくらいのことをして守ってやるくらいではないか?」
それを思えば、やはり、
「組の重要な場面ということでの、やつの出馬だった」
と言ってもいいだろう。
そのあたりが、実際に、
「辻褄の合わない、矛盾である」
といえるのではないだろうか?
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