第3話 また君に巡り合う

 短いような果てしなく長いような夢を見ていた気がする。


「何をしていたんだっけ……」


 気が付くと、東の空から夜の闇が混じり始めた空をぼんやりと見上げていた。

 いや、本当に見ていたのは、つたに覆われつつある朽ちかけの古民家のある敷地から伸びた桃の木の枝についた花を見上げていた。

 その花を見ていると、どこか物悲しい気持ちに襲われ、自然と涙が溢れてきた。

 ここに立っている理由を思い出せず、家に帰ろうと歩き始めた。

 背後からびた扉が開くような重たい音が聞こえた気がしたが、さっきの古民家に人が住んでいるような気配はないので、気のせいだということにして、帰りが遅くならないように帰路を急いだ。



 高校の入学式の日。

 新しい制服に袖を通し、穏やかな春らしい天気がこれから始まる新生活を祝福しているようで、気分がよかった。

 学校に行く道すがら見かけた桜は六分咲きほどに花を咲かせ、風に吹かれて、花弁を舞わせていた。

 それから地図アプリを確認しながら、住宅地を抜けて、これから通うことになる高校に辿り着いた。

 教室の入り口の扉に貼ってあった座席表を確認して教室に入り、自分の席に座った。

 席は窓際で、窓の外をぼんやりと見つめると、視界にノイズが走り、知らない庭とそこで満開の優美な花を風に揺らす桃の木が見えた気がした。

 しかし、まばたきをした次の瞬間には全てが幻だったかのように、窓の外にはよくある住宅街や背の高いマンションやビルが見え、空は何かを隠しているかのように薄っすらとかすみがかっていた。

 隣の席の椅子が引かれる音で、さらに現実へと引き戻され、教室内に視線を戻した。

 話し声が響く教室内で、隣に座った女の子と目が合い、そのまま見つめ合った。

 初対面のはずなのに、見覚えのある気がした。見覚えだけでなく、心の奥に懐かしさすら感じてしまっている。

 彼女は少しだけ寂しそうに、しかし、笑みを蓄えながら目を細めた。

 自分が今どんな表情をしているか分からないが、似たような表情をしているのだろうと思った。

 彼女と俺は初対面なのだから、「はじめまして」と言うべき場面なのだろうが、それはふさわしい言葉に思えなかった。

 それでも、悩むことなく、


「巡り合えたね」


 そうするりと言葉が口をついて出ていた。聞きようによってはいきなり口説いているようにも思える言葉に彼女は、「そうだね」と当たり前のように頷いた。

 ここから、また始まるのだ。


「あの、桃の花は好きですか? あっ、すいません。最近、綺麗な桃の花が咲いている場所を見つけたのでつい――」


 そう言い訳のような言葉を継げながら、朽ちかけの古民家の脇で撮った写真を彼女に見せた。


「うん、好き。私もその桃の花が咲く場所知ってるよ」

「そうだったね。あっ、まだ名前を言ってなかった。俺の名前は――」


 彼女の笑みはいつでも変わらない。

 まるで雛人形のような、美しく優しい笑みを今日も俺の隣で浮かべていた――――。

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桃の花が咲くころに たれねこ @tareneko

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