第10話 私は修羅場に遭遇する

明日はとうとう夏休みだ。

放課後の学校はそれはもう有頂天な感じでわいわいと盛り上がっていた。

私はと言えば盛り上がるでもなく、うれしいでもなく複雑な気持であった。

なにも約束をしなくても会える日々だったが休みともなれば勝手が変わる。約束をしなければまず会えないに変わるのだ。

ふむ。

悩みをどうすべきか考えていると、教師に捕まり夏休み前の掃除を手伝ってほしいと頼まれた。別に無理強いはしないと教師は言ったのだが、暇だし、体を動かしてクールダウンしたい私にはぴったりだった。

かと思われたのだが、頼まれたのはもの運び。しかもダンボールの比較的軽めの荷物の移動。

目的地は資料室だった。

今は特に入りたくない場所の一つなのだが…。

教師も一緒になって資料室を往復する。

「なんだここ空気が悪いし、暑いな。」教師はそういうと窓を開ける。

私はもくもくと作業を続け、教師も「ありがとうな。」と言いながら作業を続けた。

最後の一個を私が運ぶ流れになり、そして教師も他の教師に呼ばれた。『鍵を貸すから閉めて職員室に持って行ってくれ。』そういって教師は次の作業に移った。

…。鍵をゲットした。

ここの鍵…か。

唇を思わず触る。

目を閉じると思いだすのは近距離の眞百合だ。

そして匂い。身体が接触して柔らかさを感じる制服越しのぬくもり。

入ってきた吹奏楽部からカーテンで隠れているという背徳感。

そこでしたのは…キス。


目を開けて私のファーストキスの現場を眺める。

「ここでキスしたよね。」

声が掛かった。

ドアの方を見るとドアに寄りかかってカッコつけてる眞百合がいた。

「夏休みまで喋らないんじゃなかったの。」

「もう学校行事は終了してるからね。今日の放課後は実質夏休みの範囲に入っているんだよ。」

「屁理屈だな。」

「そうかな。でもこうでもしないと眞百合に話せそうになかったし…私たち連絡先交換してないし…。」

「…。」

眞百合が入ってくる。

物が多い資料室に逃げ場などない。

行く先はカーテンしかなかった。

そして捕まる。そこはカーテンの中。

「同じようなシチュエーションだねぇ。」

壁ドンというか窓ドンというのか、とにかく手で私の逃げ場をなくした眞百合は私に最接近。私は思わず顔を背ける。


「…あの日…んで」

強風が吹く。

「?」

カーテンが大きくなびく。

ほぼ水平になるカーテン。

「あの日、なんでいきなりキスしたの。」

私がそう問うのと同時に大きくカーテンの先には優子がいた。

目が合う。

カーテンのなびく音が資料室に響く。

私の驚く表情を見てか私の目線を追うように眞百合が後ろを向く。

「ど…どういうこと。」

優子はそういった。震えた声に私は胸が痛む。

ち、違う。

なにが違う?

どうすれば…

思わず眞百合の顔を見る。

眞百合は私の視線に気づいて私に笑顔を向ける。

そして肩をポンポンと叩いた。なにを?

「優子ちゃんじゃん。どうしたのー。」眞百合がそう聞く。

肩を震わせながら優子は

「用がないと百合と会っちゃだめなの?」

「ダメじゃないけどさ、だって怖いじゃん? いきなりはさ。」

「…怖い? そっちの方こそ怖いんですけど。私の聞き間違いじゃなければいきなりキスしたって。」

「———ッ。」私はビクンと体が跳ねる。聞かれていた。

い、いやいいんだよ。隠し事なんて友達同士ですることじゃないし…。

「それのどこが怖いってわけ? 女の子同士の軽いじゃれ合いの延長線上じゃん。」


…。私は眞百合の顔を見る。違和感があった。

でも…少しだがなんとなく分かった気がする。眞百合は友達ということに固執している。なんでかは分からないが…。


「でもいきなりキスされたってことでしょ。同意もなしに。それってどうなの。親しい中でも不意を突かれるのはよくないと思わう。自分勝手が過ぎるんじゃないの」

「何が言いたいの? その現場を見たわけでもましてや本人たちの気持ちも知らずに決めつけてるそっちも自分勝手なんじゃないの?」

「…。私あなたのこと嫌いだわ。」優子はたんたんと眞百合の目を見ながら言った。

「そう。」眞百合はなんともないとでも言いたげにそう答えた。


私は、もう本当にこの場から逃げ去りたかった。

これっていわゆる修羅場って奴じゃないの?

怖いどころか現在進行形で死にかけている私のハートを何とかしてほしい。


優子は私を見る。

「百合…の答えはじっくり考えてほしい…そう思って答えを保留にしたの。でもこういうことがあったのなら別だわ。私、もう我慢しないよ。」

眞百合は優子の言葉に反応して一瞬私の顔を見た。

告白という単語に反応していた。


「待って。何か勘違いしているよ。」と眞百合。


「さっきも言ったけどキスは事実だけど友達のラインは超えてないよ。私と百合は。」

「嘘。そういう雰囲気じゃなかったわ。」

「だったら聞いてみようか」と眞百合は言った。そして顔だけ私の方へ向き、

「私、百合に告白みたいなこと言ったっけ?」

「…告白は…していないね。」

「屁理屈よ。」


なんだろう。

心がもやもやする。

黒い霞のようなものが私の心に降り注ぐかのような…。


「二人とも待って。」

私は大きい声を出して二人の言い争いに蓋をする。


「私がのろまだから。こういうことになった。でも…よくないよこういうのは。」

私は眞百合に鍵を渡す。

そして私は優子の手を取って走りだした。



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