第8話 私は一人ではなかった

「あいつに近づくなよ。ボコボコにされるぞ。」

小学校高学年のころに私はアマゾンとあだ名を付けられ怖がられた。

南場を馬乗りでボコボコに殴るというあまりのも暴虐的な場面をみた数人の人たちが噂を広めた。結果、学年で私は暴力女として君臨することになってしまった。

「ねぇ、ハンカチ落としたよ。」

と私が拾ったハンカチを本人に返そうとすると、

「あ、あげますー。」と怖がっているようで足早に去ってしまう。


最初の数日は全然気にしていなかったが半年も過ぎれば私の気持ちも下がっていった。

南場とのやり取りは茶番というかプロレスに近かったんだと理解した。そうだ。結局南場は壊れたものは金を払うし、その日にきっぱりことが片付く。

なによりも南場は私を恐れてなどいなかった。

だが今回は違う。

周りは私を見て怯える。


こんなの…いつもの日常じゃない。

普通じゃない。

おかしいよ。なんで私怖がられてんの。

いや、そうだ。私が悪いんだ。暴力で解決しようとするから…。


日に日に不安になる。

日に日に周りの声が厳しくなる。


エスカレートしていく。

靴が無くなる。嫌な言葉を言われる。

教科書もなくなる。一人だけ場所を伝えられていない。

仲間外れ。机が汚され、服も汚され、トイレにいると水をかけられ…。

怖い奴だと思われていたのが次第に攻撃できないはみ出し者に変わっていく。

『怖いから近寄るな』から『自業自得なんだからなにしてもいい』になっていく。

そうだ。私は攻撃が出来ない。同じ過ちはしたくない。

けど…。あんまりだ。


頼る人がいない。

優子は…いや迷惑はかけられない。

どうすればいいかわからない。

そうか。私って一人なんだ。

一人だと何もできないんだ。


…。



私は学校に行くのをやめた。


×××


初めて学校を休んだ日の午後。

学校帰りの優子が訊ねてきた。

優子は私を怖がったりしない。私の唯一の友達。

優子と話すと日常が戻ってきたようで安心する。

「今日はね、これだけ言っとこうと思って。」

優子は今日の配りもののプリントを私に手渡して言う。


「私はどんなことがあっても友達だよ。」


優子の声が私の耳に届いた時、私の目には大きな粒が溜まる。

目を閉じるとそれは溢れて私の服に染みを作る。

「うん。」私は声を詰まらせながら返事をした。

その日から私の胸は少しだけスッキリした。

優子とは南場との言い争いにいつも一緒にいた。それは人質というなんというかお姫様ポジションだったけど、いつの間にか友情のようなものは既に芽生えていた。

ただ、言葉にしていなかったから私は気づかなかった。

優子は私の友達だ。


その事実だけで私の活力はぐんぐんと沸き上がって行った。

不登校は一週間でやめた。

優子と一緒に学校に行くことが残り少ないことに気が付いたのだ。

もう六年生になったんだし、最後は笑って卒業したいし。

そう思って私は再び教室へ向かったのだ。



「戻ってくんなよ。」

「なんでそのまま引っ越さなかったんだろうね。」

「また誰か殴りたいんだろ。」


そんな声が消える。

耳を塞ぎたくなる思いだがそのたびに優子が守ってくれた。助けてくれた。

「やめて。百合に何か言うんだったら私が許さないよ。」

かっこいいと思った。

優子に惚れてもしょうがないんじゃないか?

そんな気分だった。


以降中学になったあとも優子との交流は進んでいく。

特に私は優子にべったりくっついていた。

中学生になると多少精神年齢が上がったものたちからいじめをしなくなっていき、他の地域からの入学してきた子との方へ興味が向かった人も増え、私への攻撃はそのうち静まり返って行った。


と言う感じに人格形成時に結構なヘビーな思いをしたもので私の性格は陰気なものへとシフトチェンジせざるを得なかった。



×××


中学生の私はもう一人で活動できるようになっていたが、ある日私の足がすくんでしまうような出会いをする。

南場との再会だった。

別の中学校はどこか別のところを受験したとの話を聞いていた。その通り制服はワンピースというおしゃれな姿だった。

「あら、恩納さん。お久しぶりですわ。」

「……ひ、久しぶり。」

「あら、随分雰囲気がかわりましたわね。」

「え、あ、う、うん。そうかな。」

「もっと活発な方だったのに…。」

「まぁいろいろとあってね。」

「いろいろ…ですか。ここであったのも何かの縁ですわ。少しお話しましょう。」

「え?」

南場はそう言うと川の近くを案内した。スロープに体重を乗せる私。南場はスロープに手を乗せる。風でたなびく髪が美しい。

「私、あなたに謝らなければいけませんわ。」


「え、な、なんで。」


「あの頃の私はいじめと言うものが怖かった。ほら私の髪、金でしょう。これは地毛ですの。この国の大多数は黒髪ですから、はみ出し者になってしまう。それが怖かったんですの。そこであなたがやってきた。幼稚園での出来事ですわ。暴力で私に歯向かってきた。陰湿な攻撃ではありませんの。直接的な攻撃。それが私には安心の材料になったんですわ。言ってしまえば分かりやすいってことですの。何に怒ってどう行動するのか。いじめというのはとても分かりにくい場所からやって来る未知の攻撃。それに比べればわかっているものの方が安心度が違いますわ。だから私はそれを利用したんですの。あなたとそういう喧嘩をすることで回りからの攻撃を防いでいた。あなたは単純だから動きが予測しやすかった。だけどそれは間違いでしたの。結果的にあなたに矛先が向いてしまって…。」


南場は私に向かって頭を下げた。

「本当にごめんなさい。」


はじめて見る。南場のそういう所。

戸惑いを隠せない私はおどおどするしかなくって


「い、いや。南場は別に悪くないよ。いや、優子を巻き込んだのはアレだけど…最終的に暴力で解決しようとする私が一番…。」

「でも助けなかった! あなたが苦しんでいるのは分かっていた。なのに…なにも。」

声を荒げる南場。

「じ、自業自得だし。」

「そうやって自傷するのはよくなくってよ。もっと自分を大切にすべきですわ。」

「…うん。何て言えばいいのかわかんないけど…ありがとう。そう思ってもらえるだけで私、うれしいよ。」

「助けたかった。力になりたかった。謝りたかった。」

「…小学生はさ、ほらまだ未熟だったわけだし、なんていうか今の私たちが落ち着いたっていうか大人っぽくなったっていうか。」

「ふふ。私たちもっといい関係になれた道もあったのかもしれませんわね。」

「違うよ。これからなって行けばいいんだよ。」

「あ、あの。それで私…これ渡したくて。」

南場が手にしていたのは紙切れ。

受け取るとメールアドレスが書かれてあった。

「連絡先交換したいんですの…いいかしら?」

顔を赤くする金髪お嬢さまをかわいいと思う日がくるなんて思いもしなかった。

「いいよ。今の私はまだケータイ持ってないから買ったら連絡する。」

「やった! あ、いえ。分かりましたわ。…お、お話できてよかったですわ。」

「うん。私も。」

「ごきげんよう。」

「またね。」


南場がくれた紙を見る。

「そっか。」

スロープに腕を乗せてしばらく川を見ていると優子がやってきた。

紙をポッケにしまう。

「探したよもう。何してたの。」と優子。

「んん。ちょっとね。」

「なにそれ。気になる。」


優子の顔をちらっと見る。

ポッケの紙を触る。


そっか。

私、一人じゃなかったんだ。




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