ヒナマツリ大作戦
伊藤沃雪
ヒナマツリ大作戦
「わたし、ヒナマツリがほしい」
アオは前触れもなく、突然そう言った。
ぼくは頭を抱えた。
ヒナマツリっていうのは、むか〜し東の方にあった国の古い風習だったらしいものだ。
東の国はとうに滅びてしまったけれど、その国の文化やミームはぼくらの国の人々に大変好かれていて、お金持ちの人達を中心にファッションの一部みたいに扱われてる。
妹のアオが言うには、ヒナマツリはまず階段みたいな段飾りにフェルトシートを敷いて、その上にオダイリサマやオヒナサマという藁でできた人形達を飾らなければいけないそうだ。それから、女の子がちゃんと結婚できるようにというお祈りだから、オコシイレ道具というミニチュアも必須らしい。
流行り物だし、もちろん首都のお店に行けば一式で売っているだろう。
だけどぼくには無理だ。とても買えない。ぼくらはきらびやかな首都の足下のスラムで、トタン屋根や布で覆った掘っ立て小屋に暮らしている。お父さんは朝から晩まで働き詰めでほとんど家に居ないし、お母さんは数年前に病気で亡くなってしまった。拾ったゴミを業者に売って、何とか暮らしている状態だ。
でも、アオが何かを欲しいと言うのはとても珍しい。
ぼくらはずっと貧しくて、お店で売っているおもちゃや服を買ってもらったことがない。お父さんは優しいけれど、無理を言えないということは妹にも何となく分かっているらしい。だから今回のこれは、きっと一生で一度のワガママなんだ。
仕方ない……奥の手を使おう。
僕はズボンのポッケにいつも入れているホイッスルを取り出し、スラムの真ん中で思いっきり息を吹き込んだ。
すると大通りの看板の裏から、路地から、軽々と屋根の上から、仲間達が続々と集まってきた。
「ミドリちゃん参上!」長い金髪を三つ編みにしている女の子が、満面の笑みで敬礼をする。
「ダイダイ〜参上!」小柄で明るい性格のダイダイは、この前テレビでやっていた戦隊アニメのポーズをびしりとキメている。
「クロ」黒髪で肌も浅黒い男の子、クロはにこりとも笑わない。
「ムラサキ参じょ……わわっ」ペンキがついて汚れた服を着ているムラサキは、ちょっとドジだ。今日もポーズの時によろけて転ぶ。
「スラムエリア
「アカ、急に呼び出してどうした!? 侵略者か!?」
「いつになく深刻な顔してるぞ」
「いったぁい……今日はアオちゃんはいないんだぁ、ざんねぇん」
集合して早々、好き勝手に喋り出すメンバー達。ぼくたち五人にアオを足して、スラムエリア騎士団。首都の悪ガキや他エリアグループの手からスラムを守り、平和を保つための活動をしているのだ。(リーダーはぼく、アカだ)
ぼくはみんなに向かって深くふかく頭を下げて、真剣に頼んだ。
「みんなにお願いがあるんだ。アオに、『ヒナマツリ』をしてあげてほしい」
一瞬、呆気にとられたように間の空いたのが分かった。
「うん?」
「『ヒナマツリ』って何だよ」
「首都で流行ってる、縁起物を飾るお祭りみたいなやつ。見たことない? 階段みたいな所に人形を飾るんだよ」
「あっ、ボク見たことある! オダーリと……何だっけ。オイナリ?」
頭を下げたままのぼくを放って、メンバー間で『ヒナマツリ』についての情報が共有される。理解が及ぶにつれ、みんなの顔が曇っていく。
「あんな高いの、どうやって準備するの? 私たちのお小遣い集めても、ぜんぜん足りないよう」
ミドリが自分のお財布をのぞきながら首を横にふった。
ぼくは頭をあげる。
「買うんじゃなくて、作れないかなって。見た目だけでもそれっぽいものなら、できるんじゃないかな」
ミドリとダイダイが目を見開いて、ムラサキがなるほど〜、と笑顔になった。
「ボク達が集まれば何でもできちゃうもんね。アオちゃん、喜んでくれるかなぁ」
ムラサキがもうすっかりやる気で言った。ムラサキは普段おっとりしてるけど、こういう時みんなをその気にさせてくれるから、とても有り難い。
「うん。今回のぼくらのミッションは、ヒナマツリグッズを作ってアオに喜んでもらう。『ヒナマツリ大作戦』さ!」
ぼくが宣言すると、騎士団のみんなが、オー! と声をあげる。
こうして僕らの秘密の作戦が動き出した。
ヒナマツリ大作戦は、スラムのはじっこにあるぼくらの秘密基地内(ゴミで作った特製の小屋だ!)で進められた。
ヒナマツリグッズの材料は、ゴミ山から拾ってきたものを加工したり、繕ったりして用意した。
大工の息子のダイダイは、ベニヤ板やトタンに釘を打ち付けて組み立てる。ヒナ人形を載せる階段は七段もあるから汗だくになって、それでも完璧に作り上げてくれた。
裁縫が得意なミドリは、赤いフェルトシートと人形達に着せる服を縫う。東の国独特の、何十も重なった服を縫うのは大変そうだったけど、彼女は笑顔でやり遂げてくれた。
親戚にペンキ屋がいるムラサキは、あのおっとりした性格のまま伸び伸びと色付けをする。ヒナ人形の衣装塗りからコシイレ道具のミニチュア作りまで、アートな仕事は彼の得意分野だ。
クロは、人形の身体をつくる藁をどこかからいっぱい持ってきてくれた。彼は「別に」としか言わないが、多分ちょっと悪いことをしたのだ。ぼくらはクロが仲間のためにヒコウをすると知ってるけれど、何も言わず受け入れている。
ぼくらは協力しあって製作を進めていって、ゴミ山のものではあったけれど、少しずつそれらしく仕上がっていった。ヒナマツリグッズは完成間近だ。
「こ〜んな、きったないヒナマツリがあるかよ! ギャハハ!」
「スラムの負け組のくせに生意気なんだよ!」
地面にのたうち回っているぼくらを見下ろしつつ、身綺麗な子供達が勝ち誇って笑い声をあげている。
首都に暮らしているお金持ちの子供達。その中でも意地悪をするのが大好きな、悪ガキのグループがいる。やつらは用も無いのに連れ立ってスラムへやってきては、ぼくらをいじめるんだ。運悪く、ぼくらが秘密基地でヒナマツリ大作戦を進めているのがバレてしまい、やつらのターゲットにされてしまった。
一生懸命作ったヒナマツリグッズは、ダンカザリがバラバラにされて、衣装がちぎられて、さんざんだ。
悪ガキの一人が、スラムの人達が何年もかかって稼ぐくらいの値段がするスニーカーの底で、ぼくの頭を踏みつけた。
「お前らがガンバって作ったって、誰も喜ばね〜んだよ! 無駄なあがきすんのやめて、ゴミでもあさってろ!」
ぐりぐりと靴で踏みつけられながら、ぼくは歯を食いしばった。
悔しい。こいつらにとってはゴミ同然でも、ぼくらにとっては本当に綺麗なヒナマツリだったのに。
誰かがものすごい勢いで走ってきて、ぼくを踏んづける悪ガキを思いっきり殴り飛ばした。真っ黒い髪の毛が視界の端にみえた。
「ぎゃっ!」
「うわっ、クロだ! 逃げろ!」
やつらが悲鳴を上げたので、クロが助けてくれたとわかった。
ぼくらとは喧嘩しないから分からないけど、クロは色々大人には言えないようなこともしていて、この辺りでは負け知らず、らしい。悪ガキ達が尻尾を巻いて逃げていく。
「ちっ! あいつらくだらないことしやがって!」
「アカくん! ダイダイくん、ムラサキくんも……! ひどいけが……」
クロがいらいらしながらそう言った。後から駆け付けてきたミドリが、ぼくらのそばにかがみ込んで布の切れ端で血を拭ってくれる。
「大丈夫だよ、それより……」
「うう、せっかく作ったヒナマツリグッズが」
ムラサキが半泣きでこぼして肩を落とす。壊されて、ちぎられたグッズがあちこちに散らばっている。
「むうう〜!! めっちゃハラ立つ!」
「もう一度作り直そう、ね?」
怒りだしたダイダイを宥めるようにミドリが優しく言ったが、ぼくは首を横に振る。
「ヒナマツリって、三月三日じゃないといけないんだって。今からまた作り直しても、間に合わないよ」
「そんな。諦めるのか、アカ?」
「ううん。直せるだけ直して、間に合わせよう。アオが喜んでくれるか……わかんないけど……」
ぼくはそう言いながら、めそめそ泣き出してしまっていた。みんながぼくを慰めるように肩を叩いたり背中をさすったりして、ヒナマツリグッズを回収しにいく。
せっかくの頑張りが台無しになってしまった。こんなぼろぼろのグッズしか用意できないなんて、ぼくはダメダメだ。
アオが幻滅してしまわないだろうかと、ぼくは不安だった。
三月三日の朝、ぼくらは秘密基地にアオを呼び出した。
怪我だらけでずたぼろになったぼくらを心配して、不安そうな顔をしていたアオは、がたがたのヒナマツリグッズを見てわあっと歓声をあげた。
「わあっ、ヒナマツリだ! オダイリサマ、オヒナサマ! みんなすごくきれい! かわいい!」
アオは大人しい子だけど、こんなに笑っているのを見たことがなかった。
まるい瞳をきらきら輝かせて、両手をあげて大喜びしている。ぼくらはついびっくりしてしまったけど、後から喜んでくれたと実感がわいてきて、とても嬉しい気持ちになる。
騎士団のみんながお互いに見合って、にまにまと笑い合う。ヒナマツリ大作戦は、大成功したんだ!
「アカお兄ちゃん、大すき。わたし、お兄ちゃんと結婚したいな」
あげくのはてに、アオがそんなことまで言い出したので、ぼくは変な声が出そうになった。
女の子がちゃんと結婚できるようにというお祈りらしい『ヒナマツリ』、せっかく苦労して準備したのに。結婚できなくなっちゃうぞ。
ぼくはみんなで作ったぼろぼろのヒナマツリグッズを見上げるふりで、照れ笑いを隠した。
ヒナマツリ大作戦 伊藤沃雪 @yousetsu
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