ゴリラのものまねしたら婚約破棄された

青柴織部

エピローグ

「ゴリラのものまねをしたら婚約破棄をされたんだけど、なにが悪かったと思う?」


 馬車が田舎道を進む。

 王都と違い整備されていないために車輪が何度も石を踏んでは砕いていく。

 クッションがなければ尻を破壊しただろう振動を感じながらわたしは隣のメイドかつ幼馴染のシューリカに話しかけた。

 外を眺めているシューリカは視線を動かさないままに口を開く。


「この世に生を受けたことじゃないですか?」

「ええ? すべての命は一応祝福されるべきなのに?」

「お嬢様は呪われる側だったんですよ。ご愁傷さまですね。来世はもう少しマシな婚約破棄をされてください」


 来世ではちゃんと結婚させてほしい。

 若干不機嫌なのはやはり怒り狂ったお父様によってわたしと田舎に飛ばされる羽目になったからだろうか。

 でもシューリカもちょっとは悪いところがあると思うのよね。婚約者様がぽかんとしているからって「あ、これはゴリラのドラミングですよ」と解説入れていたし。

 見りゃ分かるでしょ、ドラミングぐらい。


「やっぱ穴から手が抜けないサルのものまねのほうがよかったかしら」

「思ったんですけど、社交界にものまね披露って実は良くなかったんじゃないですか?」

「でも他の貴婦人もものまねするじゃない」

「あれは気に入らない女の挙動をわざとらしくまねをしているだけで、ゴリラのものまねが受け入れられる世界ではないんですよ」

「盲点だったわ」

「焦点が間違えてますからね」


 令嬢方はいつだってキーキーうるさいからうっかり間違えてしまったわ。

 まあ、社交界脱落だから負け惜しみね。悲しみのドラミング。


「お嬢様見てください。デスペリカンですよ」

「あら〜。くちばしが真っ赤ねえ」


 中身の無い会話をする。

 気楽といえば気楽であるし、今まで頑張って気を張り詰めていたのにな、という残念な気持ちにもなる。

 わたしも繊細な心があるため婚約破棄されて「よかった〜!」というボンクラな気分にはなれないのだ。繊細ならゴリラのまねしないか。


「人生オワタ」


 呟くと、シューリカはようやくこちらを向いた。


「サ終ですね」

「もっとこう、慰めるなりなんなりしなさいよ」

「自分不器用なんで……」


 なんかムカついたので足を蹴る。


「そもそも、シューリカまでついてこなくてよかったのに。雇用契約解除して家に戻る手もあったんじゃない?」

「雇用契約というか奴隷契約なんですよ。親の借金のかたにお嬢様の家に売られてるので」

「初めて聞いたんだけど」

「初めて言いましたけど」


 わざわざ言うことでもなかったからか……。タイミングも図りにくいものね。


「あとまあ、自分の人生でお嬢様ほどオモロな人間もいなさそうですし、いいかなって」


 お前も十分オモロよ。


「あーあ、余生どうしようかしら」

「近隣の村の井戸に毒でも落としときます?」

「別に周りの余生を奪うとかは考えてないのよ」

「純粋にウケません?」

「動機が不純だわ〜」


 遠くに街が見えた。どうやら目的地はあそこらしい。

 めっちゃ遠縁の一族が暮らしてるとかなんとか。もうそれ他人じゃない?とはおもう。


「なんか好きなことしたらどうですか? あの婚約者、お嬢様の趣味をだいぶ制限してたじゃないですか」

「まあ……触手の研究って自分からしてもアレだし……」

「アレでした」


 一部屋まるまる触手部屋にしたらばあや気絶したし……。

 結局焼かれてしまったのよ。悲しいわ。


「シューリカは何が好きなの?」

「お嬢様が大失敗して項垂れてるのを見ているときとか……」

「いい趣味してるわね」

「いやぁそれほどでも」

「ふざけんなって意味を含んでるんだけど」


 じゃあ今はシューリカの趣味が満たせてることになるのか。

 人生の失敗中なのでね……。

 しくじりお嬢様とはこのわたし〜!


「わたしがいなくなったことで国が滅んだら面白いわね」

「お嬢様そんなちからあるんですか?」

「ないから追い出されたのよ」

「これは失敬。なんの取り柄もないですしね」

「おやおやおやおや」


 ふふふ、と乾いた笑いを漏らして足を蹴る。避けられた。


 流れていく景色を見ることに疲れて目を閉じる。

 それからハッとして目を見開いた。


「あ!? もしかして、ゴリラのドラミングってしないほうがまともな世界線なのここ!?」

「ゴリラのドラミングが通じるのはゴリラの世界だけですよこのバカ」


 辛辣である。わたしが何をしたというんだ。誰かのせいにしたいのに自分の顔しか浮かばないな……。

 思考をリセットしようと息を吐く。

 わたしはシェーリカへキメ顔でこう言った。


「シューリカ、わたしたちどこまでも一緒にいきましょうねえ」

「ゲェッ! 塩撒いときますね」

「ぶちのめすわよ。地獄の底まで連れて行くから」

「お嬢様は生まれた罪で地獄ですが自分は天性の可愛さで天国なので……」

「ぶちのめす」


 ふわふわもちもちの頬を抓れば歪んだ唇からおぼつかない悪態が漏れ出した。

 この子、料理のレパートリーはゴミと炭のふたつしかないのに悪口のレパートリーは天井知らずね。


「頭きた。問答無用で連れて行ってやる」

「は〜まったくワガママお嬢様はこれだから」

「来世は一緒にゴリラになりましょうね?」

「ものまねに飽き足らず!?」

「極めましょう」

「極めすぎですよ。可哀想なお嬢様……日常がゴリラだったはず……」


 日常にシューリカも常にいたのだが。


「あなたが小さいときにゴリラのものまねを気に入ってリピートしまくるから得意になっただけよ」

「原因自分かー……責任感じちゃうな」


 責任感じていない顔でシューリカは舌をぺろりと出した。

 ちなみに彼女、舌を波立つように動かすことが得意だったりする。役に立たない特技ってあるよね。


「責任取りなさい」

「仕方ない、甲斐性なし人望なしついでに社会性のないお嬢様の余生の責任ぐらいは取りますかっと」

「わたしも問題言動あり煽りグセありついでに暴力性のあるメイドの余生の責任ぐらいは持たないとね」


 わたしたちはくすくすと笑った。

 ずっと昔、ふたりでかくれんぼをして屋敷のみんなが探す声を息を潜めて聞いていたときと同じような気持ちになる。

 あのとき、世界にはわたしとシューリカしかいなかった。


 次第に道がなだらかになり揺れが小さくなってきた。

 目的地までもう少しだ。


「楽しみね。舐めてこられたら本気のドラミングを見せてやりましょう」

「使用方法が合ってることあるんだ」

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