赤い雛壇を上る

　妹の……へぇ、彼氏がいたっていうのは知ってたけど……

　自殺する前に紹介してくれたら良かったのに。いや、怒ってるわけじゃないけどね。去年死んだって言っても、心の整理はあるものね、君も。

　今日でちょうど一年になるのね、妹が死んだのも去年の雛祭りの日だったから。

　ま、姉の私が言うのもなんですけど変わった子だったでしょう？

　雛祭り……というか、雛飾りが好きでね、小学校卒業したらそういう行事はだいたい家ではやらなくなっちゃうものなんだけど、親が雛飾りを押入れに仕舞い込んで出さなくなったら、自前で雛人形……っていうか、まあぬいぐるみを代わりに用意して、二階に続く階段を雛壇代わりにしてずらっと、並べて『良くない？』ってニコニコ笑ってんの、まあ中学生ぐらいなら可愛げなんだけど、社会人になっても実家でやってるから、まあ、かなり変な子よね。二十歳超えてやるようなことでもないし。ま、雛祭りにズラッと並べて、スマホで撮って、それで雛祭りが終わったらサクッと片付けちゃう。『雛飾りはさっさと片付けないと婚期が遅れる』なんて言ってね。まあ、実家もあの子しか住んでなかったから、誰に迷惑がかかるってわけでもないんだけどさ。

　写真？あるよ。

　一体家のどこにこんなものあったんだろうね。

　赤い絨毯なんか敷いちゃって、雛壇っていうか内閣発足の記念撮影っぽくもあるよね。

　二階にお内裏様とお雛様の代わりのぬいぐるみ、そこから三人官女、五人囃子、二人の随身、そして衛士と大きさも種類もバラバラのぬいぐるみが段々に並んでいって、一階でピースする妹。

　この写真が六年前、妹が大学一年生の頃かな。

　君が撮った奴でしょ？一人で撮れる奴じゃないから、妹に探りを入れてみたら正直に彼氏がいるって告白されたから。まあ、結局会うのは今になっちゃったんだけど。

　五年前、ぬいぐるみの配置は去年とバラバラで……一致するのは数ぐらい。まあ、妹はそういう雑なところあったからね。で、妹は階段を上がって衛士のぬいぐるみの横でピース。四年前は随身のぬいぐるみが一つ減って、その代わりに妹が随身の代わりにピース。三年前は五人囃子のところ、一昨年は三人官女のところ、まあわかるじゃない？一段ずつ上がっていって最後は彼氏とお内裏様とお雛様の位置でピース、がやりたかったんでしょうね。

　で、去年は……写真はないけどさ。死んじゃったんだから。

　毎年一段ずつ上っていったのは雛壇じゃなくて、絞首台の階段みたいね。

　あの子、二階で首吊って死んでたから。

　階段を見て。

　雛飾りをやってから自殺したみたいね。

　妹が去年死んだ雛祭りの日からそのままにしてあるの。

　ちょっと埃は積もってるけど、妹が死んで誰もいない家だから、誰が困るっていうわけでもないし。

　ごめん、嘘。

　そのままってわけでもないかな、お雛様の代わりに妹の遺影が置いてあるから。仏壇よりは妹も喜ぶでしょうし。

　ええ、三人官女のところにある母の遺影と五人囃子のところに置かれている父の遺影は妹が置いたのよ。一人じゃ寂しかったんでしょうね。

　……そう。

　君、浮気してたんだ。それがショックで……ねぇ。

　これがホラーだったら、ここで私が君を殺してあの子の隣に並べてやるんだろうけど、別に、そういうことはしないよ。

　まあ、でも話せて良かった。

　それじゃあ……もう会うことはないでしょうけど……ああ、そう。

　そういうことなら、別に止めはしないわ。

　ちょっとまってね、撮影の準備するから。

　じゃ、妹の遺影の隣に立って……大丈夫、上手く心臓を突けなくても死ぬまでやればちゃんと死ねるから。

　ぐさ。ぐさ。ぐさ。ぐさ。ぐさ。ぐさ。ぐ――

　じゃあ、はい、チーズ。

　本当に後悔してたんだね、君。

　まあ、今更何をやっても後の祭りだけどさ。

　でもまあ、雛飾りを片付けないと婚期が遅れるっていうし。

　生きてる内には間に合わなったけど、結ばれて良かったね。

【終わり】