お内裏様のいない雛飾り

遠山悠里

 


「あれ? お姉ちゃん……そちらに、お内裏様、ない?」

「いや、ないけど、お雛様と一緒に入ってないの?」

「お内裏様とお雛様は一体ごとに箱に入ってるんだから、こっちにはないよ。どっか、他の雛人形の箱に入ってるんじゃない?」


 大きさからしてそれはないなぁと思いながら、私は、一応、他の箱も調べてみた。三人官女の箱にも五人囃子の箱にもお内裏様はいなかった。まさか、暴れん坊将軍のように密かに江戸市中にお忍びで出かけているわけでもあるまい。確かに、お内裏様はいないのだ。

 仕方がないので、私と麻衣がお内裏様以外の雛を定位置に並べていると、今日は早番のお母さんが帰ってきた。

 お母さんは、お内裏様のところが空席の雛人形七段飾りをじっと見つめている。


「お母さん、知らない? お内裏様……」

「……箱の中になかったの?」

 麻衣は、お雛様が一式入っていたダンボール箱をお母さんに見せた。雛人形や装飾品がすべて外に出された箱の中には何も入っていない。

 空っぽだ。


 お母さんはしばし小首を傾げたあと、私たちに言った。

「きっと、お父さんね」

「えっ?」

「お父さんが、お内裏様だけ、持っていったの」


『そんなバカなこと……』とは、私も麻衣も思わなかった。お父さんならあり得ると思ったのだ。


 お父さんとお母さんは、今年の始めに離婚した。

 写真家のお父さんは、撮影旅行と称して、ほとんど家に帰って来ることがなかった。一度旅行に出かけると、まさに糸の切れた風船の如く、全く音信不通になり、数週間、場合によっては一ヶ月も超えて、家に戻らなかった。

 仕事だから仕方がないとほとんど愚痴をこぼさず一人で家の全てを取り仕切っていたお母さんも、昨年のクリスマスも今年のお正月も全く連絡を取らず家を留守にしたままのお父さんには、さすがに我慢の限界も超えてしまったようだ。

 松の内も過ぎた頃、いつものようにいきなりヒョイッと帰ってきたお父さんと数カ月ぶりの家族四人が揃った夕食をとっているとき、お母さんは、黙って、お父さんの前に、すでに捺印済みの離婚届を差し出した。

 全く予期していなかったのか、それとも、すでに何かしら思うところがあったのか、その時のお父さんの心情はわからない。しばらく、離婚届をまじまじと見たあと、また普通に食事に戻り、食事の後、自分の分も含めてみんなの皿を洗うと、撮影道具や写真でごちゃごちゃの自室へと引きこもった。そして、翌朝、私と麻衣が起きる頃には、もうお父さんは家からいなくなっていた。食卓の上に置いてあった離婚届にはお父さんの印鑑が押してあり、それには、残した荷物の送り先などを書いた簡単な手紙が添えられていた。

 私たちは旧姓の矢崎に戻った。


 私も麻衣もお父さんが好きだった。ほとんど家にはいなかったけれど、家にいる時は、いつも優しく、そして私たちを笑わせてくれた。特に、楽しかったのは、お父さんが返ってくる時はいつも何かしらイタズラをしかけてくれることだった。撮影旅行から帰って来る時、お父さんは何かしらお土産を買ってきてくれた。それは、地元でしか手に入らないような珍しいお菓子だったり、地元の人しか知らないような珍しい民芸品の人形だったりした。ただ、それらは、お父さんが帰ってきてすぐに手渡されるのではない。部屋のどこかにこっそりと隠してあり、それを探し出すのが、お父さんが帰宅してから始まる最初のゲームだった。私たちは、それらを楽しんだ。時には、帰ってきてすぐにゲームが始まることもあった。おそらく、帰る前に、先に宅配便か何かで送ってきて、お母さんに隠してもらっていたのだろう。そう……お母さんも、そのゲームを結構楽しんでいたのだ。


 そんなお父さんだから、お内裏様だけを持っていったとしても、おかしくはない。私と麻衣は、困ったお父さんだなぁと苦笑しながら、空席のある雛飾りを見つめた。


 それから毎年のひな祭りは、お内裏様抜きのひな祭りとなった。


 雛人形の七段飾りを飾っている家なんて、最近の私たちの世代ではもう珍しく、見てみたいと言って、遊びに来る友だちも多かった。そして、お内裏様のところがスポンと抜けている雛飾りを見て、皆、口をポカンと開けて、そのあと、「お内裏様は?」と訊くのだった。

 私と麻衣はそこで顔を見合わせ、そして、お父さんが持っていってしまったと苦笑し、お父さんがどんな風にして自分たちを笑わせてくれたのかを語るのだった。

 時にはその中にお母さんも交じり、困ったお父さんの思い出に花が咲いた。

 普段は、お父さんの話題はほとんど家では語られることはなかったが、ひな祭りの時期だけは別だった。そして、いろいろ語り尽くされたあと、雛人形はまた元のダンボール箱にしまわれた。

 最初の頃は、新たにお内裏様とお雛様だけを買って交換することも考え、シーズンにデパートの季節人形売り場を物色することもあったが、他の人形とどうにも釣り合いが取れず、また、買ったら買ったで、今のお雛様を箱にしまうのもなにか可哀そうに感じたので、結局、新たな人形を買い足すというプランもいつしか立ち消えとなってしまった。


 そして時が流れ、私が高校生、妹の麻衣が中学生になった頃、お母さんに恋人ができた。


 その人、池田さんは、お母さんよりも2歳年下で、恰幅のいい明るい人だった。


 池田さんが初めて家に来た時、ちょうどひな祭りの時期で、うちに遊びに来た友だち達と同様、雛飾りを見て、口をポカンと開け、そのあと「お内裏様は?」とお母さんに訊いた。

 少しためらったあと、お母さんは、「なくしてしまったの」と答えた。

 私も麻衣も、もう大人の機微がわかる年齢になっていたので、二人して、うんうんと頷いた。


 池田さんは、雛人形を逆さにしたり衣装を確かめたりしたあと、

「これは、立派な雛人形ですねぇ。でも、お内裏様がいないというのは、お雛様がかわいそうだ。お内裏様、今度、買いに行きませんか?」

と言った。

「お内裏様単体で買えるんですか?」とお母さんが尋ねると、池田さんは、

「普通のデパートやなんかでは買えないでしょうけれど、ほら……僕の故郷は、埼玉県の岩槻と言って、江戸時代からの伝統がある日本一の人形の街なんですよ。街中に人形の製造問屋がたくさんあって、その中には、単体で売ってくれるお店もあるんじゃないかなぁ?」と言って、微笑んだ。

 

 そして、その週末、私たち家族は池田さんと岩槻に行き、今の雛人形とぴったりサイズも衣装も合うお内裏様を購入することができた。


 久々に揃って並んだお内裏様とお雛様。

 その映像と同じような姿で、写真館で記念写真を撮り、お母さんと池田さんは結婚した。


 私たちの名字は、今度は、『池田』と変わった。



 地方の大学に入学した私は、大学の後期試験も終わり、実家に戻ってきた。

 ちょうど、ひな祭りの季節で、いつものように雛人形が飾ってあった。

「今年も飾ってあるんだねぇ」と、私が人形を眺めながらしみじみ呟くと、麻衣は、

「私が大学に入ったら、これも、いよいよお役御免かな。もう雛人形って齢でもないしねぇ」と、感慨深げに言う。

「今年は、お姉ちゃんいなかったから、大変だったんだよ。一人で全部セッティングしたんだから」

「お母さんは?」

「池田さんと一緒に、イオンにお買い物。今日はお姉ちゃんが帰ってくるから、ご馳走準備するって言ってたから」

「仲が良いことで」

「ほんと」

「そうかぁ、お母さんいないんだ……私、大学のイベントで使うんで、昔の写真ほしかったんだけど、どこにあるか、わかるかなぁ」

「お父さんの昔撮った写真とか、ほら、アルバムは、押し入れの奥に一緒にしまってあるんじゃない?」

「そうか……探してみる」


 私は、お母さんの部屋の押し入れを開け、中の段ボール箱を調べてみることにした。


 いろいろなものがそこにはあった。

 アルバムには、お母さんとお父さんが知り合った頃に撮ったたくさんの写真。

 旅行先で買った、記念品。

 お父さんが買ってきたお土産の品の数々も、日にちの札をつけて、丁寧に包まれていた。


 そして、そこで、私は見つけたのだ。


 なくなったお内裏様を……


 お父さんがここに隠したということは場所からしてないだろう。ということは、これをここに隠したのはお母さんだ。

 そう……お母さんが、お内裏様をここに隠したんだ。


 お母さんは、毎年のひな祭り、どのような思いで、お内裏様のいない雛飾りを眺めていたんだろう。

 ひな祭りの期間、お父さんの思い出話をしているお母さん、とても楽しそうだった。


 しかし、今、新しいお内裏様がお雛様の横に、しっかり、鎮座ましましている。

 

「お母さんの中で、お父さんのことは吹っ切れたということかな?」


 私は、お内裏様を段ボール箱の中の元の場所にていねいに戻した。


 

          【終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お内裏様のいない雛飾り 遠山悠里 @toyamayuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ