第2話

早朝、目を覚ます。ルイスは床にうずくまるようにして眠っていた。彼いわく、「床で眠るのは慣れてますから」とのことだったが。年端もいかない幼子に床で寝させるのはさすがに酷か? いや、彼自身が言い出したことなのだ。気遣いは不要だろう。

「すぅすぅ……」

しずしずと寝息を立てている。家主より先に目覚めてないとは、失敬なやつめ。罰として頬を思いっきりつねってやる。

「んんっ、痛いっ……あっ、メイシアさん」

ルイスはぱちくりと目を見開き、周囲を見渡す。

「起きなさい。もう朝よ」

「あっ、はい! 起きます!」

ルイスはもそもそと体を起こす。

「うう、全身が痛いです」

「床で寝るのは慣れてるのではなくて?」

「は、はいっ! 全然平気です!」

はあ、ルイスの分の寝具も調達せねばな。人里に出向くことを想像するだけで気が滅入る。

「朝食は昨日の残りよ」

「はい! 了解です!」

私たちは朝食を摂り、しばしの休息をとった。

「メイシアさんは、どうして森の中で暮らしているんですか?」

ふと、ルイスが問いかける。

「あなた、魔女のことも知らないの? 世間知らずにも限度があるわ」

「すっ、すみません! 物知らずなもので!」

ルイスは何度も頭を上下に揺さぶる。

「どうりであなた、魔女を恐れないわけね。普通、魔女といったらみんな怖がるものよ」

「……でも、メイシアさんは優しいです」

「おべっかを使っても何も出ないわよ」

「いえ、ただ、不思議だなって思いまして」

「何が」

「メイシアさんはこんなに良い人なのに、なんでみんな怖がるんだろうなって」

「……優しくなんかないわ」

「えっ、でも……」

「勝手な勘違いは控えてほしいわね。あなたのことだって、単なる同情で置いてあげてるだけだから」

「メイシアさん……」

「じゃあ、私、用あるから。留守番頼むわよ」

そう言い残して、メイシアは箒に乗って人里の方へと飛び去っていった。


「なあ、森の魔女について知ってるか?」

「ああ、それがどうしたよ」

「近々、王国軍が魔女の討伐に出向くらしいぜ」

「へぇ、そりゃ助かるな」

街では諜報魔法で噂話をキャッチする。そろそろ《渡り》の頃か。住処を移すことを検討するべきかもしれない。

街ではルイスの分の日用品と布団を調達した。有事の際の貯蓄を、まさかこのような形で使うことになるとは思ってもいなかった。人目につかないところで、調度品に浮遊魔法をかける。そうして、来た道を戻るようにして飛んで帰った。


時刻は夕刻。太陽が空を茜色に焦がす頃。メイシアは深閑とした森の居城に帰宅した。

「ルイス、今帰ったわよー」

「あっ、おかえりなさいです!」

玄関に入るやいなや、異変に気づく。部屋中の壁が、まるで新築のように磨かれていた。

「ルイス、一体何して」

ルイスは踏み台に乗って、雑巾で壁をゴシゴシと磨いていた。

「少しお掃除をしてました。もしかして、余計でしたか?」

「余計じゃないけど……」

「それなら、よかったです!」

ルイスは安堵の表情を浮かべ、より丹念に壁を磨き出した。

「でも、別にしなくてよかったのに」

「いえ、僕の気持ちなので受け取ってほしいです!」

「……そう、なら勝手にしたらいいわ」

「はい! 勝手にさせて頂きます!」

ルイスは夕食の時間になるまで、飽くことなく壁を磨き続けていた。


夕食。昨日仕留めた野犬の肉は腐りかけていたので、新たに鹿を一頭仕留めてきた。それを昨日と同じ要領で、焚火で焼いて食す。

「メイシアさんって、色んな魔法使えますよね。凄いです!」

「まあ、魔女なら当然のことよ」

「一番凄い魔法って何ですか?」

ルイスは目を燦然と輝かせて質問してきた。こうも期待されると、答えざるを得ない。

「一番は、やはり蘇生魔法ね」

「蘇生魔法ですか? 何だか凄そうです!」

「端的に言って、死者を蘇らせる魔法よ。まあ、代償として使用者の生命が失われるのだけれど」

「それって使うと死んじゃうってことですか!?」

「まあ、平たく言うとそうね」

「それは、メイシアさんには使ってほしくないです」

「当たり前よ。使うわけないじゃない」

「なら、よかったです、えへへ」

メイシアとルイスは、他愛もない会話をして夕食時を過ごした。これが二人にとって、最後の晩餐となるとも知らず。

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