第3話
秋津刑事の聞き込みは、またしても空振りに終わった。
失踪の当日、岡野恵美はこの街のどこでも目撃されていない。
祥子は岡野夫人への疑念を抑えきれず、直属の上司である永井警部に進言した。
「岡野さんの身辺調査?」
祥子は警部へと同時に、自分自身を確信させるため強く噛み締めるように言った。
「恵美ちゃんの消息か、それにつながる何らかの情報について、彼女は知ってると思うんです。私には、岡野さんの態度が子供に去られた母親のそれにはどうしても見えません」
警部はワイシャツの袖を捲り上げた太い腕を組んで眉根を寄せた。
「しかし、捜索依頼は岡野さんが……お母さん自身が出したんだろう? それも偽装か狂言だと言うのかい?」
「あるいは。少なくともそれが確認できれば捜査の方向性は定まります」
「というか君の迷いがなくなる、ということじゃないのかな?」
図星を突かれて祥子はやや気勢を削がれた。
だが警部はふっと笑みを見せた。
「君のそういう思い込みは、三、七くらいで当たるからな。三に賭けてみるか」
祥子も笑みを返した。
「四、六くらいに思っていただけませんか?」
秋津刑事も夫人の身辺調査に手を挙げた。
「俺、やりたいっす! 手伝わせてください!」
本来、彼の仕事ではないが、どうも普段は縁のない捜査に関心があるらしく「後学のためにも」という言葉で祥子に強くうったえてきた。
いかにも今どきな若者に見える彼の意外な熱意に、祥子は思わず聞いてみた。
「君はなんで刑事になろうと思ったの?」
秋津刑事は少しうつむき加減になって答えた。
「俺、おばあちゃん子だったんす。一時期悪い仲間とつるんでヤンチャしてたんすけど、ある日ばあちゃんが俺と仲間全員呼び出して、いきなりビンタくれて説教したんす。それでハンパやめたんですけど、そこでなぜか
あまりに妙な成り行きで、祥子は思わず笑った。
「小昏さん、笑いすぎっす……」
祥子は少年係と調整した上で、秋津刑事に岡野夫人の出身地である隣のN市へ行ってもらった。
今後の展開によっては、彼女の生い立ちから知っておく必要が出ると思えたからだった。
帰宅した祥子はここまでの情報を遅くまでかかってタブレットにまとめ上げ、どこか割り切れない気分のままベッドに身を投げた。
洗濯物を干す夫人の姿をまぶたの裏に思い浮かべ、違和感の正体を探し続ける。
出し抜けにその源に気づいた祥子は、ガバッと起き上がった。
違和感を感じていたのは夫人の姿ではなく、彼女が干していた洗濯物だったのだ。
祥子は再度タブレットを手にすると、確認事項を追記した。
──恵美の着ていた服、特に下着を調べること。
翌日。
祥子は朝イチで岡野邸に向かったが、庭先に止めてあった車がなかった。
呼び鈴を押しても返事がない。
「外出か……」
携帯電話の呼び出しにも応答がなく、留守電に折り返しのお願いを入れておく。
時間は惜しかったが、そのまま待ち続けていると秋津刑事からの連絡が入った。
「何かわかった?」
「それが変なんす。岡野さんにうかがったご実家のあるN市で役所の記録を調べてもらったらですね、旧姓の辻家は確かにあるんですが、そこに岡野さん……旧姓辻菊恵さんという女性がいたという記録がないんですよ」
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