第2話
「じゃあ、三月三日の当日にも恵美ちゃんの姿は目撃されているのね?」
岡野家からの帰路、祥子の問いに秋津刑事は答えた。
「はい。複数の近所の方が、庭で人形遊びをしている恵美ちゃんを見てるっす。逆に、不審な人物が恵美ちゃんと接触している様子は確認されてないっす」
「恵美ちゃんが庭の外へ出ているところは?」
「それを見た人もいません。付近の防犯カメラもチェックしましたが、どれにも彼女の姿は映ってなかったっす」
では、恵美は家から離れていないということか。
なのに行方が分からない。
「おかしいわよね。まるで、家の中で行方不明になったみたい」
秋津刑事は顎に手を当てて、目を見開いた。まるで、今はじめてそこに気づいたようだ。
「そうですね……でも、家にはお母さんがいたわけですし……」
「もう一度、外での目撃情報をあたって。少し遠くまで範囲を広げて」
祥子は岡野夫人ともう少し話をすることにした。
質問ではなく、世間話から何か糸口が見つかるかもしれない。
糸口といっても、直接恵美の行方についてのものではない。岡野夫人本人に感じる違和感を、解く必要があると思ったのだ。
翌朝、庭先で洗濯物を干す岡野夫人に声をかけると、彼女は手を止めることなく自分から話をしてくれた。
話はもっぱら娘についてのこと。
恵美の好きなもの。好きな遊び。好きな食べ物。
「これは特にお気に入りのエプロンドレスだったんですよ」
そう言いながら、可愛らしいデザインの服を物干しにかける。
「お母様は、恵美ちゃんの好みをよくご存知だったんですね」
祥子の何気ない声かけに、夫人は何故かハッとしたような表情を浮かべたが、すぐに笑みを取り戻した。
「え、ええ……そうですね」
やはり、何か引っ掛かるものがある。
祥子が別の切り口を探していると、夫人は話題を変えてきた。
「刑事さんはとてもマニッシュなスタイルだけど、小さい頃からそういうお好み?」
マニッシュ……。
洒落た言い回しだが、要はスーツにパンツという出立ちが男っぽく見えるということだろう。
夫人は自分でも立ち入りすぎたと思ったらしく、口元に手を当てて謝った。
「ごめんなさい。変なこと聞いて……」
「いえ。恵美ちゃんほどではありませんが、自分も可愛いもの好きでしたよ」
そうは言ったが、祥子は子供の頃から女の子らしくないと言われていた。
同級生やまわりの女の子たちより、可愛いものに対する嗜好は弱かった。
ままごとより男の子と野山を駆けずり回ったりする方が好きだったし、その性向がそのまま警察官という仕事につながっていった気がする。
刑事に昇進した時、母親は「女だてらに」という言葉を口にした。
いま時その評価はないと言う娘に、母は心配しているのだと反論したが、何かそれだけでない不満があったに違いないと祥子は思う。
実際、母は自分にどんな女らしさを求めていたのだろう?
大人になってからは気にもとめていたかったが、いまになってその疑念と目の前の岡野夫人に対する引っ掛かりに通じるものがある気がする。
やはり、夫人には何かある──
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