第17話 ヒロちゃんのこと ~ クリスマス・エクスプレス

     ヒロちゃんのこと 


 ヒロちゃんは東京生まれの、東京育ちの人だった。

「五反田って知ってる? そこに実家があるんだよね」

 とヒロちゃんは言った。


「五反田?」

 とP太郎と自分は同時に声を上げた。


「俺たちの寮から歩いて五分か十分ですよ。五反田に用があるときは、よく歩いて行くんですよ」

 と自分は言った。


 ご近所話に花が咲き、それによってヒロちゃんとの交友が始まった。

「生活は不規則だけど、いるときはいるから、遊びに来ていいよ」

 とヒロちゃんは言った。




     クリスマス・エクスプレス


 帰りはタクシーだったが、自分は車内で五反田のヒロちゃんや瀧本その他の出席者についてP太郎と会話をした。


 車が都内に入って行くに従い、あたりはクリスマスの気配を強く帯び始めていた。


「JR東海のクリスマス・エクスプレスのCMって、いいよねぇ。見てるだけで切なくなって、じっとしてられなくなるんだよねぇ」

 とP太郎は言った。


「クリスマス・エクスプレス」とは、JR東海の企業CM第一弾である『シンデレラ・エクスプレス』に続く、第二弾として制作されたテレビ広告であった。


 JR東海の「シンデレラ・エクスプレス」のCMはすでに広く知られていた通り、東京発新大阪行きの最終新幹線列車を宣伝する広告で、その出発時刻は午後九時ちょうどであった。


 週末に再会した恋人たちが日曜日の夜、再び別れを告げるプラットホームでの情景を描いており、彼らの短いひとときを、シンデレラの魔法が解ける午前零時と重ねて、ドラマチックに演出していたのである。


 車は品川駅前を通り、高輪プリンス、品川プリンスを過ぎ、狭い路地に入っていき、女子寮の前を通り、石畳の階段のそばで停車した。


 高輪寮のあるマンションの玄関前である。正面玄関をくぐり、エレベーターに乗る。


 四階で降りて通路を歩くと寮の玄関である。扉を開け、

「おーぃっす」

 と言いながら室内にて歩を進めていくと、虐待された猫のように惨めな様子のさゆりがダイニング・キッチンで静かに待っていた。


 それは陰鬱な影だった。


 犯罪の被害者としてさゆりはここに居るのだ、と我々はすぐに察した。


 さゆりは泣く力すらもないような衰弱ぶりを見せていた。


 驚いて自分は、

「どうしたんだよ? 大丈夫?」

 と、さゆりに声を掛けた。

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