第16話 千葉県の総合病院にて

 P太郎と俺は二人で電車を乗り継ぎながら千葉県へ向かった。


 工場や倉庫が多い印象の風景を眺めつつ、川を越え、公園を望み、郊外らしい町並みを通過した。そして、あまり美しくない景色が広がる駅で下車した。


 コンパクト版の地図帳を手に、目的地まで歩こうとしたものの、徒歩では時間がかかりすぎると感じたため、バスに乗ることにした。

 

 目的地は、ブルーアップルに時々来店する瀧本が経営する総合病院である。


 到着後、あらかじめ言われていた通りに総合窓口へ行き、職員を通じて瀧本を呼んでもらった。


「おお、今そっちに行くよ」

 と、瀧本の力強い声が受話器越しに響く。


 その場で待っていると、五分もしないうちに瀧本が姿を現した。


 職員たちの視線が、密かにこちらに注がれているのを感じた。


 瀧本の佇まいは医療従事者というより、むしろワンマン社長のそれであった。

「悪いなぁ、こんな辺鄙なところまでわざわざ」

 と瀧本は笑顔で声をかけてきた。


 この田舎の総合病院にはいくつもの病棟が立ち並んでいた。


 外来患者や医療従事者たちの出入りが目に入った。


 女性看護師(当時は「看護婦」と呼んだ)の美人率が異常に高い。

 思わず自分の胸は高鳴った。

 それから、女性にまったく心を動かさない瀧本のことに思いをめぐらせ、この世の不思議さを感じた。


 パーティー会場は二階にあり、会食用のテーブルがすでに配置されていた。

 すでに食器類が並び、準備は整っていた。


 誰もいない会場の中を、我々は遠慮がちに歩き回った。

「おー、君たち」

 と瀧本が声をかけてきた。「まだ誰も来てないけど、ここでテレビを見るなり、外でも散歩するなりして待っていてくれ」


 それからP太郎と自分は雑談しながらやり過ごしていると、ぽつぽつと人が集まり始め、開始時刻が近づいてきた。


「今日、女は来るのかな?」

 と自分は言った。

 P太郎は、

「それはないだろうね」

 と答えた。


「男だけとか、女だけのパーティーなんて楽しくないだろうに」

 と自分は言った。


「でも、瀧本さんがお気に入りの医者を見るだけでも面白いんじゃない?」

 とP太郎は返した。


 パーティー開始直前に、瀧本にベタベタと肩を抱かれて入ってきた若い男が、他ならぬ彼が以前から絶賛していた「ハンサムな医者」だった。


 その医者はP太郎や自分と挨拶を交わすと、別の人たちに合流していった。

「安全地帯の玉置浩二っぽくない?」

 と自分は正直な感想をP太郎に囁いた。


 我々は別の医者とも少し世間話をした。


 医者やその他の医療従事者との交流ばかりで普段は刺激のない生活を送っているが、このパーティーだけは違うと彼らは言う。


 ここは自分たちにとって「ホーム」であるばかりでなく、興味深い人たちに出会える貴重な社交の場だと称賛するのである。


 それもこれも理事長先生の人徳のおかげだと、みんな声を揃えるのだった。


 自分は語学的な優位性をアピールして回っていた。これは食いつきの良い設定であった。


 周囲の医者たちの話を聞くと、海外と関わる人は多い。

 しかし語学的には得意でない人が意外に多い。

 そのため、自分のような者に関心を示してくれやすい。


 P太郎は得意の美声を活かし、パーティーの席上で歌を一曲披露した。

 曲のイントロが流れるや否や、からかいの声が上がった。


 P太郎は構わずマイクを握ったまま、男の声と女の声を巧みに切り替え、いずれの声においても抜群の音感と澄み切った美しい声で歌い上げた。


 彼の歌の最大の特徴は空気を一変させるところにあった。


 瞬く間に場内に歓声が起こり、大喝采となった。

 それを皮切りに出席者は気軽に我々のもとに話しかけに来たし、我々も出席者に話しかけやすくなった。


 周りからからかわれ気味の人がいることに我々は気づいた。


 その人は愛人業を本職としていた。

 普段はアイドルの追っかけなどを全国規模でやっているという。

 猫なで声で話すのが特徴的で、首を意味ありげに傾けながらP太郎をウルウルと見つめ、

「声、かわいいよねぇ」

 と称賛の言葉をかけた。そして彼は一人語りを長々と展開した。中森明菜のことが大好きで、いかにして彼女のように可愛くなろうと日々頑張っているかについて、熱弁を振るったのである。


 やがて彼に疲労が回った。

 それから、やや落ち着き、呼吸を整えたところで、

「私、比呂史。ヒロちゃんって呼んで」

 とその日初めての自己紹介をした。

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