第2話 呪忌の森と追跡者

霧が立ち込める呪忌の森。その奥深く、朽ちた石碑とねじれた木々が立ち並ぶ。空には不吉な赤い月が浮かび、風が木の枝を軋ませていた。獣の遠吠えが響くたび、森そのものが呻いているかのように思える。


ガウデリウスは岩陰に身を潜め、息を殺した。鎧の継ぎ目から冷たい汗が流れる。


(追手はまだ近い……)


城から逃げ延びたものの、王国の兵は執拗に彼を追っていた。彼らは単なる兵士ではない。腐敗した王国に仕える「審問官」——異端や逆賊を捕らえ、拷問し、処刑する冷酷な狩人たちだった。


「ガウデリウス、王国への反逆者よ、逃げても無駄だ」


その声が聞こえた瞬間、ガウデリウスはとっさに転がるようにして岩陰から飛び出した。直後、彼がいた場所に巨大な斧が振り下ろされ、地面が裂ける。


斧を持つ男——「灰鎖はいさのアズラ」。黒い鉄鎖を全身に巻きつけた処刑人であり、審問官の中でも恐れられる存在だった。彼の顔には古い火傷の跡があり、虚ろな眼がガウデリウスを射抜く。


「お前は運が悪いな。俺に追われた者で、生き延びた奴はいない」


ガウデリウスは歯を食いしばり、腰の剣を抜いた。長年鍛え上げた技が鈍ることはない。しかし、目の前の男から漂うのは異質な気配——まるで死者のような冷たさだった。


アズラは鎖を解き放つと、それをまるで蛇のように操りながら、ガウデリウスに迫った。


(このままでは殺される……だが、俺にはまだ生きる理由がある!)


心臓が高鳴る。銀の指輪が冷たく光った。


——その時だった。


突如として、地面が軋むような音を立てた。霧の中から、朽ち果てた甲冑を纏うスケルトンの軍勢が姿を現したのだ。


「……スケルトンの軍勢か。呪忌の森は相変わらずだな」


アズラは低く呟くと、斧を構え直した。骸骨の剣士たちはカチャカチャと音を立てながら、意志を持たぬまま二人に襲いかかる。


ガウデリウスは息を飲んだ。(逃げるなら今しかない!)


アズラがスケルトンたちに気を取られた隙を突き、ガウデリウスは一気に身を翻した。刃が鳴り響き、スケルトンの骨片が飛び散る中、彼は森の奥へと駆け出した。


「チッ……逃げられたか」


アズラの呟きが背後に響く。だが、今は振り返らない。


——呪われし森の闇へと、ガウデリウスはさらに深く踏み込んでいった。


彼の逃亡と復讐の旅は、なお続く。

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