おまけ.1 小夏という少女 後編
――夜中に目が覚める。時間は0時を過ぎたころ。
体は動かない。何度経験してもこの感覚は苦手だ。
小夏はもぞもぞと動く。体は動かないままだが、意識は離れ、幽体の体が形成される。小夏は幽体になると、ヘッドボードに置いたお守りを手に取る。
お守りには幽石をいくつか忍ばせてある。
「はぁ~…、行きたくないな…。」
小夏は支部に行くのが憂鬱だった。支部長や他の人達が嫌いと言うわけではない。むしろ好きだ。
憂鬱な理由は、幽鬼との戦闘を想定した試験をすることになっているからだ。というのも、向こうでは危険な幽鬼が多いらしく、相応の実力が必要だ、と支部長である近藤さんが言い出したのだ。
たしかにここに居て危険に感じたことは一度もない。支部に所属することになったのも、一人でわけも分からず泣きじゃくっていたところを保護してもらったのがきっかけだ。
でも危険と言ってもちょっと大きな野生動物くらいだろう。武器も一応あるし、自由に飛び回れるから逃げることだってできるはずだ。
小夏は幽体での調査活動をせいぜい飼育員、もしくは生態調査くらいに考えていた。無論、これらも危険ではあるが人生経験が乏しく、一度も命の危険を感じたことのない小夏は、危険性が分からなかった。
ひとまず霊石を使い、動きやすいように緩めのパーカーとスキニーパンツに着替える。憂鬱ではあるが、支部へと向かった――。
――この辺りは幽鬼もほとんど居らず、強い個体が少ないらしく、何事もなく支部長の家へと着く。
このエリアの支部も支部長の家が拠点となっている。支部長の家は昔ながらの和風の屋敷で、敷地は広い。
小夏が空から屋敷を見ると、広い庭に支部長がいるのが見えた。
「近藤さん、こんばんは。」
「良く来たね!待ってたよ、こなちゃん!」
私が挨拶をすると、近藤さんは明るく返事をする。ここの支部では私の呼び方はこまちゃんで統一されている。というのも――。
「あっ!こなちゃ〜ん!!また会えた〜!!」
後ろから綾子さんが抱きついてくる。綾子さんはこの支部の調査員でもある。最初に綾子さんがこなちゃんと呼び続けたのが徐々に浸透していき、気づいたら全員がこなちゃんと呼ぶようになっていた。
「綾子さん!また会うんだったら、泣かなくても良かったんじゃないですか?」
綾子さんが手を離したので、振り返って顔を見る。私に会えたのがよほど嬉しいのか、悲しそうな素振りがどこにもない。
「ん~、生身でこなちゃんに会うのと、この体で会うのとだと違うのよ。体温とか感じないしね…。こまちゃんもそうでしょ?」
「たしかにそうですね…。今は綾子さんからケーキの匂いもしないですし…。」
「あっ!もしかして、こなちゃん今までケーキの匂いで懐いてたの!?」
「あっ…、そういうわけではなくて、生身の綾子さんいい匂いするなぁ…と。」
「やっぱりそうなんだ!今日だってこなちゃんのためにいろいろ準備したのに…。もうこなちゃんにケーキ作ってあげない!」
綾子さんはわざとらしく悲しそうな顔をし、ふいっと顔を背ける。今日が最後だから、と言いかけたが淋しいから綾子さんも構ってほしいのだと思う。
「私、今の綾子さんのことも大好きですよ!」
そう言って綾子さんをぎゅっと思い切り抱きしめ、顔を覗き込む。
「…ほんと?もし私がケーキ作れなくなっても好きでいてくれる?」
「そんなの当たり前じゃないですか。」
「こなちゃ〜ん!大好き〜!!」
機嫌が良くなったのか、綾子さんは笑顔になり私を抱きかかえると、頬ずりをする。ちょっと照れくさいが、ここまで好意を寄せてくれるのは嬉しい。
「ゴホン…!あ~、二人ともイチャイチャしてるとこ悪いんだが、いいかな?」
近藤さんが少し申し訳なさそうに、私の顔を見る。はたから見たらそう見えるのだろうか?ちょっと恥ずかしくなり、綾子さんから離れようとするが…。
「え~っ!もうちょっとイチャイチャしちゃダメですか?」
綾子さんは私から離れたくないのか、私をぎゅっと抱きしめたまま近藤さんに言う。
「う~ん…、そうしてあげたいとこなんだけどみんなもじき来るだろうし、楽しくこなちゃんの送別会やりたいからな〜。こなちゃんもサクッと試験をやっちゃった方があと楽できるよ?」
近藤さんの言葉でこれから試験があることを思い出す。
「わかりました…!お願いします!」
「こなちゃん、行っちゃうの…?」
綾子さんが名残惜しそうにこちらを見る。
「すみません綾子さん…。試験すぐ終わらせますから、待っててください。」
「うん…!成長したね、こなちゃん。試験頑張ってね!」
名残惜しそうにしつつも私から離れると、綾子さんはうるっとした表情で私を見る。
「うんうん、こなちゃん気合十分だね!そしたらさっさと試験やっちゃおうか〜!」
綾子さんとのやり取りを一通り終えると、近藤さんは軽い口調のまま試験の準備をする。
「近藤さん、こんばんは。」
――と、調査員のベテランである、
「白鳥くん、ナイスタイミングだね!ちょうど今からこなちゃんの試験やるところだったんだ!」
白鳥さんに対し、楽しげに返事をする。
「そうだったんですか。でしたら私が試験官を…。」
「いや、僕がやるよ。言い出したの僕だし。」
「近藤さんが直々にですか!?ですが、試験官なら私でも…。」
「駄目だよ。白鳥くんさ、こなちゃん相手に手抜いちゃうでしょ?今回の試験は本気でやらないとだからね、僕がやる。」
「わかりました…。」
近藤さんは、普段ノリが軽く明るい雰囲気なのだが、いつになく真面目なトーンで白鳥さんに言う。
「さて、白鳥くんもオッケーしたし、やっちゃおうか。白鳥くんは立ち合いよろしく。綾子ちゃんは終わるまで家の中で待っててね。」
「え?でもこなちゃんが心配で…。」
「だからだよ。こなちゃんが戦ってるところなんて黙ってみていられないでしょ。」
「うぅ…、わかりました…。でもこなちゃん傷つけないでくださいね!」
「まぁ善処するよ。」
「絶対ですからね!」
綾子さんは近藤さんにくぎを刺すと、渋々家の中へ入っていく。
「じゃあ綾子ちゃんもいなくなったことだし、はじめよっか。勝敗は…、どっちかが降参、もしくは戦闘続行不能になったらってことにしよう。」
「わかりました。」
「じゃあ白鳥くん、合図お願い。」
そう言って近藤さんは霊石を両手に握りこむ。近藤さんがどういう武器を使うかわからないが、とりあえず武器を構えた方がよさそうだ。
小夏は霊石を取り出すと、拳銃に変形させる。
「両者構えて…、はじめ!」
白鳥さんが合図を出したと同時に近藤さんは距離を詰めてくる。
――パァン!
私は近藤さんの足元に目掛け発砲する。
弾は地面に当たるが、同時に周囲に煙を発生させる。
「おっ?」
近藤さんは煙に包まれる。瞬時に私は上空まで飛ぶ。
相手の視界を奪い、死角である上空から一方的に攻撃する。理にかなった戦法だ。狙撃できれば楽だが、的が小さく煙に隠れているため難しいだろう。小夏は霊石を大砲へと変形させる。
これなら確実に当てられる。そう思い、地上に大砲を向け放つ。
――ドォォォン!!
砲弾は着弾して地上の煙を吹き飛ばす衝撃を発生させる。弱めにしてあるが、大ダメージは免れない威力だ。だが、そこに近藤の姿はなく、上空にいる小夏の目の前にいた。
「ッ!」
小夏は咄嗟に大砲を体を覆うほど大きな盾へと変化させる。
「…ここまでは見事だね、こなちゃん。でも、それじゃ防げないよ。」
小夏はどんな攻撃が来るか分からないが、衝撃に備えて盾を構える。
「
近藤は両拳を頭と腹の高さ、それぞれに同時に突き出す。瞬間、自動車が突っ込んで来たかのような強烈な衝撃が小夏の体へと来る。
「ッ!!かはっ…!」
その衝撃は小夏の体で到底防げるものではなく、盾は歪み、ふっ飛ばされる。無論呼吸をしているわけではないし、内臓があるわけでもないがあまりの衝撃に声にならないような音が出る。
「ケホッ…!なんで…ただのパンチで…!」
「そっか〜、こなちゃんにはわからないか。霊石は一点に集中させるほど密度が高いんだ。だからこなちゃんが大砲を作った分の霊石あるでしょ?それを単純に握り込めば、それだけ拳が重くなるってことさ。」
小夏の側まで来た近藤が、ジェスチャーを交えながら説明する。
「どうする?この辺でもうやめとく?」
「…まだやれます!」
小夏は体勢を立て直す。
とりあえず近接戦では勝負にならないだろう。かと言って遠距離からの攻撃も素直に受けてくれるとは思えない。
ひとまず少し距離を取り、今度は盾をショットガンに変形させる。
「お〜、こなちゃん考えたね〜。」
間合いを詰める近藤に向かって、小夏はショットガンを構え、引き金を引く。
――その間際。近藤は片方の手をパッと開き、霊石を小夏が作ったものと同様の大きな盾に変形させる。
――ダァァンッ!
ショットガンから放たれた弾は盾にめり込むものの、貫通することはなかった。
しかし、なんらかの手段で防がれることは想定していた。しかも、視界を遮る盾で防いだのは好都合だった。
小夏は複数の霊石を右手に握る。近藤が攻撃のため、盾を再び霊石に戻した瞬間、小夏は全力の右ストレートを打つ。もちろん小夏は格闘などしたこともない素人だが、霊石を複数握り込んでの不意打ちは、近藤を倒しうる一撃だった。
「ッ!」
近藤は咄嗟に体軸をずらし、小夏の右腕に自身の左腕を当てて攻撃を攻撃をいなす。
攻撃をいなされた小夏の体は、そのパワーによる慣性で吹っ飛ぶ。
今のでも、防がれるの…!?
体勢を立て直すと、近藤さんがものすごい剣幕で近づいてくる。咄嗟に防御姿勢を取る。だが、攻撃は来ず、近藤さんは口を開いた。
「こなちゃん!今のはやったら絶対駄目だ!!」
近藤さんは、飛び出しなど危険な子供を叱りつけるような口調で声を荒げる。
「え…?」
困惑して声が出る。おそらく危険なことをやったのだろうが、何が危険だったのか理解できない。可能性があるとすれば、まともに食らえば近藤さんでも無事では済まなかった…とか?
「…こなちゃん、今の発想自体はすごくいいよ。たぶん僕が危惧している相手も、それだったら間違いなく倒せるだろう。でもそれは諸刃の剣だ。それを相手に当てれば衝撃で自分の体も木っ端微塵になるよ…!」
いつになく真剣な口調で近藤さんは叱る。たしかに攻撃を逸らされただけで吹っ飛んだし、相当な反動が来るものだったのだろう。
「うぅ…すみません…。」
「まぁ知らなかったわけだし仕方ない。もう二度とやらないでね。」
「わかりました…。」
「とは言え、攻撃の手段さえ間違えなければ僕を倒せていただろうね。例えば、霊石まるまる一個分の銃弾を撃ち込むとかさ。
銃弾は逸らすのさすがに厳しいし、あの距離だと避けるのも無理だったね〜。」
たしかにそうだ。直前で近藤さんが霊石を握ってパンチを繰り出していたから同じ発想で考えてしまっていた。
無論、反動がなければ間違いとも言い切れない一撃ではあったと思うが、結果として近接戦に長けていた近藤さんには通用しなかった。
しかし、こうも通用しないとなると、私はどういう戦い方をするのがいいのだろうか…?
「近藤さん。あの…、私どう戦えばいいんでしょうか…?」
「ハハハ!今試験中なのに面白いこと言うね!」
私の一言に近藤さんは笑う。たしかに試験中にこんなこと聞くのもおかしい。
「そうですよね…!すみません。」
「…いいかい、こなちゃん。霊石を弾として撃ち出すのって結構難しいんだ。僕も出来ないし。
しかも、こなちゃんはいろいろ銃を使い分けて撃つことが出来るだろ?それがこなちゃんの強みだ。別に一人で戦う必要はない。こなちゃんは仲間をサポートしてあげるんだ。」
「…はい!わかりました!…でも、この試験ではどうすれば…。」
「ん~、とりあえず合格でいいかな〜。」
「へ?」
近藤さんの言葉に思わず間抜けな声が出る。
「こなちゃん、思ったよりちゃんと戦えたしね。びっくりしたよ〜。」
「え…?ほんとにいいんですか?」
「どのみち合格出さなくても、こまちゃん居なくなっちゃうし、はじめから戦い方を教えて送り出すつもりだったよ〜。」
「それなら最初からそう言ってくださいよ〜…。」
近藤さんの言葉に、今までの緊張が解けて力が抜ける。
「いや〜、そこは真剣さがないと意味ないからさ〜。まあ、こなちゃんはもともと人に好かれるし、とりあえず頼られる人を目指せば向こうでもぜんぜんやってけると思うから頑張ってね〜。」
近藤さんの言葉でハッとする。頼られる人…、どんな感じだろうか…。私の中で頼れる人と言ったら…。
「こなちゃん!!大丈夫!?怪我してない!?」
綾子さんが、涙ぐみながらすごい勢いで抱きついてくる。
「綾子さん、痛いです…。」
「あぁ!ごめんね!」
「ハハッ、綾子ちゃんはほんとこなちゃんが好きだね〜。」
先ほどまでの空気が一気に和やかな雰囲気になる。やっぱり綾子さんがいると安心する。
支部の調査員の人達も続々と到着し、小夏の送別会が始まった――。
――送別会が終わり、小夏は支部の人達に別れの挨拶をする。
「こなちゃん…!!またいつでもおいでね…!」
綾子さんが泣きながら抱きつく。私も泣きながら綾子さんを抱きしめる。
「はい…、綾子さんもお元気で…!」
――別れを惜しみつつも皆に挨拶をして、支部長の家を去る。
今日で最後。とはいえ皆が私を好きでいてくれたし、私も好きだ。いろいろ落ち着いたら会いに行こう。そう思いながら帰路に着き、眠りに着いた――。
――本編当日夜。
小夏は目を覚ます。もぞもぞと動き幽体になると考える。
――頼られる人。そう思われるにはどうしたらいいか。きっと大人の姿になれば、少しは頼られるだろうか…。どうせならかっこいい大人の女性がいいだろう。
そう思って姿を変えると、新しい支部長の家に向かった――。
ユウタイリダツ 夢野ハカバ @yukisakura_13
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