決意
――学校を出た俺たちは、駅前のケーキ屋へと向かっていた。
小夏は、先ほどまで泣きそうな顔をしていたとは思えないほど、上機嫌で俺の隣を歩いている。
「お前、ケーキ好きなのか?」
「うん!」
ケーキがよほど好きなのか、小夏は嬉しそうに笑顔で返事をする。小夏のこういう顔はめちゃくちゃ可愛い…。子供じみてはいるが。
何はともあれ、ケーキだけでここまで上機嫌になってくれるなら扱いやすくていい。
「ケーキは何が一番好きなんだ?」
「ショートケーキ!」
俺の問いかけに対し、小夏は即答する。なんというか――
「やっぱり子供っぽいよな、お前。」
「はぁ!?……やっぱり私、変われないのかな。」
何か言い返してくるかと思ったが、小夏はしゅんと落ち込む。やっぱり気にしているんだな…。というか、小夏のそういう表情は見たくない。
「ごめん。そういうつもりで言ったわけじゃないんだ。無邪気で可愛いなと思っただけだ。」
「可愛いって子供としてでしょ…。結局明もそういう扱いするんだ…。」
小夏の表情はさらに曇る。しまった…。俺が思っていたよりもずっと悩んでいたのか…。
「そ、その…。普通に女子としても可愛いと思うぞ…。」
小夏を元気づけようと、照れながらも明は言葉にする。
実際嘘はついていないし、恥ずかしくて目を直視できなかったが、こう言えば機嫌が良くなるのではないかと思っていた。
だが次の瞬間、小夏は俺の服を引っ張り顔を近づけさせる。
「私の顔をちゃんと見てよ!」
ハッとして小夏を見ると、目が潤んでいた。やってしまった。こういう顔を見たくなくて、ケーキを奢るなんて言ったのに、俺も結局子供だった…。
考えてみれば、俺は昨日小夏に助けられたのに何も恩返ししていない。自分が情けなくなる…。
「本当にごめん。子供は俺の方だった…。」
「だから私の顔を見て、どう思うのかって聞いてるの!……ぐすっ……っ…ひくっ…。」
顔を見ると小夏は泣いていた。命の恩人をからかった挙句、こんな顔をさせて俺は何やっているんだ…。あまりにも情けない…。
「ごめん、恥ずかしくて小夏の顔をちゃんと見れなかった…。ちゃんと見るから涙を拭いてほしい。」
持っていたハンカチを取り出して小夏に渡す。
「うぐっ…、ぐすっ……。」
小夏は泣きながらも涙を拭く。俺はただ小夏が泣き止むのを待つことしか出来なかった…。
――カラスの鳴き声が聞こえる頃、小夏の涙は収まった。
「…ごめん。昨日のこととか全部頭から溢れてきて…。」
泣き止んだ小夏がボソッと喋る。
「俺の方こそごめん。何も小夏のこと考えていなかった…。」
俯きながら答える。
「……私のこと、どう思う…?」
小夏がこちらの顔を覗き込んで聞いてくる。俺は小夏の顔をじっと観察してみる。顔を間近で見るのは恥ずかしかったが、目を逸らすわけにはいかない。
今は涙で潤んではいるが、少し長いまつ毛にぱっちりとした目、顔は整っており肌艶も綺麗だ。ちょっと顔が赤くなっている。メイクをしているわけではなさそうだが、唇はほんのりピンク色だ。
「?」
こちらが無言で見ている様子に小夏はきょとんとした表情をする。こういう表情も可愛い。途端に、小夏を異性として認識してしまった。
考えてみれば、俺がこうして見てる間小夏も俺の顔を見ているんだよな…。そう思うと顔が熱くなる。
とはいえ、小夏はこちらの言葉を待っている。このまま無言というわけにはいかない。
「…その、小夏は可愛いし綺麗だよ…。」
意を決し口を開いた。言っていることは、もはや告白にも近い感じがする。そう考えたら顔と耳がめちゃくちゃ熱くなる。
「……。ふ〜ん、そ、そっか…。ありがと…。」
小夏はしばらくこちらの顔を覗き込み黙っていたが、ふいっと顔を逸らして呟いた。夕日が眩しくてはっきり見えなかったが、小夏も照れているように見えた。
「そ、そういえばケーキ屋行かないとな…。ショートケーキ食べたいだろ。」
どうにか恥ずかしさを紛らわそうと話を変える。
「…今日はもう遅いし、明日行こ?今日は矢野さんのところにも行かないとでしょ?」
「…あ。」
そうだった。小夏とのことで完全に頭から抜け落ちていた。幸いにもここから近いが、もう日も落ちかけている。急いで行かないとな――。
「そしたら俺は今から矢野さんのところ行ってくるから、小夏は気をつけて帰れよ。」
そう言って矢野さんの家に向かおうとする。だが、小夏に制服の袖をキュッと掴まれる。
「…私も行く。」
「そ、そうか…。じゃあ一緒に行くか…。」
「うん…。」
矢野さんの家の方面へと道を変え、二人で歩く。道中はお互い無言だった…。
無言の中、いろいろ考える。俺は小夏に何も恩を返せてないし、このままでいいのだろうか?…いや。良くないな。
小夏に恩返しはしたいし、なにより小夏のことを守りたい。小夏の力になってあげたいし、強くなりたい。
そんなことをぼんやりと考えていた――。
――少しして、矢野さんの家に着く。
遅れたこともあり、緊張する。ふと、小夏の顔をチラッと見ると、小夏も何か決意したのか凛々しい表情をしている。小夏のこういう表情は奈津美さんみたいな大人びた姿を感じさせる。
そういえば小夏って矢野さん分かるのだろうか?
「…小夏。そういえば矢野さんにその姿で挨拶しに行ったのか?」
「……あ。どうしよ〜。やっぱり帰ろうかな~。」
俺の言葉を聞いた小夏が焦った表情になる。やっぱり奈津美さんの姿で会っていたか…。
小夏の焦り顔を見ていたら、自然と緊張がほぐれて思わず笑顔になる。
「あ!また笑ってる!また失礼なこと考えてるでしょ!」
俺の顔を見た小夏は、俺の手を思いっきりつねる。
「いてててっ!ごめんって!なんか小夏の顔見てたら安心しちゃってな…。」
「へ?…ふ~ん。…ならいいけど。……。」
小夏は少し考えるような動作をして手の力を緩めたかと思うと、俺の腕にピタッとくっついてくる。
「な!?お、おい…。なんでくっつくんだよ!?」
「…矢野さんと顔合わせるの恥ずかしい。」
そう言って小夏はスッと俺の背後に回ると背中に顔をうずめる。制服越しではあるが、背中に小夏の体温と柔らかさが伝わってくるのを感じる。いろいろと意識してしまって、鼓動が早まる。小夏に掴まれたままの手から微かに震えを感じる。
「……って別に隠れなくてもいいだろ…!余計不自然だし、くっつかれるとこっちが落ち着かないんだよ!」
「…プッ!…アハハッ!さっき私にあんなこと言ったのに、こんなことで恥ずかしくなってんの!?」
パッと離れた小夏がいたずらに成功した子供のようにケタケタ笑っている。さっき言ったことを思い出すと小夏をどうしても意識してしまう。
「なっ!?…さっきあんなこと言ったから緊張するんだよ!」
「アハハハッ!は~…明の顔見たら緊張ほぐれたわ。私はもう平気だから、早く矢野さんに話しましょ。」
小夏もなんだかんだ緊張していたのか。矢野さんを待たせてしまっているだろうし、小夏の言う通り矢野さんと話をするか。
ちょっと呼吸を整え、意を決してチャイムを押す。
「ごめんくださ〜い!桐島と申します。武行さんにご用件があるのですが、いらっしゃいますか?」
チャイムのマイクに話しかけてしばらくした後、玄関のドアから矢野さんが出てくる。
「ああ。よく来たね、明君。」
「遅くなってすみません…。」
まずは謝罪をする。そういえば、本当は菓子折りの一つでもあった方が良かったのだろうか?何か用意しておくべきだった…。
「明君は学生だし、いろいろあるだろうから大丈夫だよ。おや…?君は?」
矢野さんが小夏に気づき声を掛ける。
「あ、あの…。見た目が違うので分からないかもしれませんが奈津美です…。」
「ああ、奈津美君か。昨日とは見違えたねぇ。それとも小夏君と呼んだ方がいいかな?」
「え!?な、何で私の名前を!?」
矢野さんの言葉に小夏が目を見開き驚く。
「ははっ!
「え!?そうだったんですか!?」
聞き覚えのない名前だが、小夏の知り合い…というより矢野さんの話しぶりから小夏がもともと住んでいた地域の支部長さんだろうか?
「ああ、昨日は話してなかったけど支部長どうしであると同時に古くからの友人でもあるからね。というか近藤さんと会うたびに君の事話してたよ。」
「そうだったんですか!?知っていたなら昨日話してくださいよ~…。」
「う~ん、年頃的にいろいろ気にする頃だし触れない方がいいのかなと…。でも小夏君も戦う覚悟が決まったみたいだね。」
「え!?」
矢野さんの言葉を聞いてまた小夏が驚く。確かに昨日、俺が何気なく幽体で死んだらどうなるか聞いたら顔が曇っていたし小夏も悩んでいたのかな…。
というかそこまで矢野さんは見抜いていたのか。
「昨日の君は幽鬼と相対する危険性をいまいちわかってなさそうだったからね…。まあ、近藤さんの地域は危険な幽鬼がいなかったみたいだからね。正直、もう小夏君は顔も出さないだろうと思ってたから。」
「…はい、覚悟は出来ました。昨日はいろいろと嘘をついてしまってすみませんでした。」
「よろしい。…ところで明君はまだ迷っていそうだけど戦えるかい?」
小夏の返事に矢野さんが満足そうに頷くと、今度は俺に視線を移して尋ねる。正直死ぬかもしれないと思うと怖い。でも幽体になる以上、幽鬼との接触は避けられないだろうし、そうなったときに戦う手段がないのは危険だ。
小夏にも恩を返せていないし、強くなって恩を返せるようになりたい。
――なにより、小夏のことを守りたいと思っていた。
「…戦えます!幽鬼との戦い方を教えてください!」
明は矢野の目を見てはっきりと答える。矢野は明の目をじっと見ると口を開く。
「うん、戦う意思はできたみたいだね。それならこれを君に渡そう。」
そう言うと、矢野は明にお守りを渡す。
「…これはお守りですか?」
「そうだよ。でもただのお守りじゃない。それは幽石になる物が入っているんだ。幽体になったら、まずそのお守りを持ちなさい。とりあえず今日はもう遅いし、詳しいことは幽体になってから説明しよう。」
そう言うと矢野さんは空を見上げる。つられて空を見上げると日はもう沈もうとしていた。
「わかりました。ありがとうございました!」
「うん、二人とも気をつけて帰ってね。」
「はい、お邪魔しました!」
矢野さんに別れの挨拶を告げ、矢野さんの家を後にする。空は薄暗くなってきているので、早く帰らないといけない。でも、とりあえずは小夏を家まで送り届けないとな。
「小夏。暗くなってきたし、家まで送るよ。」
「うん、ありがとう。暗いから、その…手、繋いでもいい…?」
暗くて表情は見えなかったが、小夏がボソッと聞いてくる。
「あぁ、いいよ…。家の方まで案内してくれるか?」
手を繋いでいる方が小夏は安全だろうし、恥ずかしくはあるが了承した。小夏はピタッとくっつくと、家へと誘導するように歩きだす。
その手の温かさに緊張こそするが、小夏といるとなんとなく心地がいい。
こんな時間が続けばいいな。もしかして、俺は小夏のことが好きなのだろうか…。
そんなことを考えつつ、小夏と他愛のない話をしながら薄暗い帰り道を歩いた――。
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