転校生

 ――翌朝。


 —―ピピピピッピピピピッ


 目覚まし時計の音で目が覚める。時計を見ると針は6時半を指している。いつも起きている時間だ。

 軽く伸びをしてから起き上がる。ふと、夜の出来事を思い出す。

 幽鬼?という生物に襲われたところを奈津美さんという女性に助けられたんだっけか…。奈津美さん、めちゃくちゃ美人だったな…。そのあと、矢野さんという人の家を訪ねたな…。

 妙にリアルだったが、あの出来事は夢だったのだろうか。現状その事実を確かめる方法はない。

 そういえば昨日矢野さんに学校帰りに来るように言われていたな。昨日の出来事が事実かどうか、矢野さんの家に行ってみればわかるか。とりあえず学校の支度をしないとな。


 昨日の出来事を整理しながら、歯を磨き制服に着替える。

 一通り支度を終え、リビングに向かうとすでに母が朝ごはんを準備しており朝のニュース番組を見ていた。家には他に父と妹がいるが、二人とも朝は弱いためこの時間はまだ寝ている。まあ父に関しては、仕事の始業時間が遅いため、寝てても大丈夫なのだが。


「母さん、おはよー」

「おはよう明。二人は?」

「物音なかったし、たぶんまだ寝てると思う。起こしてこようか?」

「もう少ししたら起きてくるだろうし、大丈夫よ。とりあえずご飯食べちゃいなさい。」

「は~い…。」


 ほぼ毎朝行うやり取りをして、食卓に着く。食卓には昨日の残り物とみそ汁、ごはんが並べられている。ニュース番組を軽く見ながらご飯を食べる。


「ごちそうさまー」


 こちらがご飯を食べ終えたあたりで、上からドタドタと騒がしい音がする。しばらくして、妹が急いで降りてくる。


「お兄ちゃんなんで起こしてくれないの!!」


 挨拶もなく開口一番これである。


「まずはおはようだろ、沙耶さや。」


「うぅ…。おはようございます…。」


 妹の沙耶は渋々挨拶をする。

 が、すぐに元の調子に戻って口を開く。


「で、なんで起こしてくれないの!!同じ学校なんだから毎朝起こしてよ!」


 沙耶は抗議するようにこちらを睨みつけてくる。髪をセットする時間が惜しいのか、基本ボブスタイルだ。

 最低限、上部は整えられているが毛先は跳ねている。偶然なのかわざとなのか、毛先の跳ね具合は絶妙で、一つのヘアスタイルとしておしゃれに見える。

 ちなみに俺は現在中学二年。沙耶は年子で、現在一年だ。いい加減サッと起きてほしいものだ。


「どうせ、起こしに行っても起きないだろ。目覚ましで起きろよ。」


「だって眠いんだもん!私が起きるまでお兄ちゃんが頑張って起こしてくれればいい話でしょ!」


 ――めちゃくちゃだ。それだと俺まで遅刻しそうになるだろ!

 今の沙耶はどうせめちゃくちゃなことを言うので、沙耶が一番気にしていることを呟く。


「そんなだらだら寝てると太るぞ。あと寝坊しているようじゃ一生彼氏も出来ないぞ。」


 沙耶の耳がピクッと反応したかと思うと狼狽えながら口を開く。


「うぐっ…。私は毎朝走ってるから大丈夫だもん!運動部にも入ったし!

 お兄ちゃんこそ彼女いまだに出来ないじゃん!」


 普段は狼狽えて素直になるのだが、今日は珍しく反撃してくる。毎朝走っているのは遅刻しそうだからだろ…。というか痛いところをつく。

 ――彼女。その言葉を聞いた俺は、なぜか頭の中に真里さんの顔が浮かぶ。そういえば真里さん最後照れていたし、もしかしたらチャンスあるかもしれない。


「俺のことはいいだろ。それに、そのうち出来るし。」


 強がりではあるが、もし夜起きたことが事実なら、奈津美さんといつかそういう関係になる…こともあるかもしれない。


「え~っ!お兄ちゃん好きな人出来たの〜!?」


「はぁ!?」


 沙耶が俺の顔を見て、何か察したのか態度が急変する。動揺した俺は思わず声が出る。


「お兄ちゃん、好きな人がいるって顔に書いてあるもん!」


 沙耶は恋バナが好きなのか、そういうのに敏感だ。恥ずかしくなった俺は顔を逸らす。このままでは沙耶のペースに飲まれてしまうと思った俺は口を開く。


「あのなぁ」

「二人とも!!いい加減学校行かないと遅刻するわよ!」


 こちらの言葉を遮るように母が大きな声を出す。テレビを見ると時刻は7時40分。学校の始業時間は8時だ。


「「やばっ!!」」


 時間を見て、焦りを感じた俺と沙耶は同時に声が出る。食器を流しに置き、水を張ると急いで玄関まで行く。沙耶は、いつも母が用意しているパンを一切れ口に咥えて玄関に直行する。


「「行ってきまーす!」」


 急いで靴を履き、母親の返事を待たず家を出る。なんだかんだ、遅刻間際になってしまった。

 家から学校までは15分ちょっと。急げば間に合うレベルだ。俺と沙耶は一言も喋る余裕はなく、とにかく学校へとダッシュしていた――。



 ――ダッシュした甲斐があってか、始業時間5分前に教室に着いた。

 息を整え、自席に座る。


「おはよう明。珍しく寝坊か?」


 後ろの席の生徒が話しかけてくる。この生徒は高橋 涼太たかはし りょうた。顔はそこそこイケメンで、爽やかな性格だ。小学校からのゲーム友達で、家でたまに遊んだりする。


「おはよう。沙耶の寝坊に付き合わされたんだ…。」


 涼太の方を向き、返事をする。


「それは災難だったな…。沙耶ちゃん朝弱いからな…。」


 涼太は沙耶のこともある程度は知っているため、こちらの苦労が理解できるようだ。


「そういえば転校生今日だよな!職員室の前で話を聞いてたんだが、今日来るの女の子でめちゃくちゃ可愛いらしいぞ!」


「そうなのか?」


 そういえば転校生が来る日だった。来るのは女子か。

 転校生の席はあらかじめくじ引きで決められており、俺の隣の席に来ることになっていた。隣の席が女子だとなんとなく落ち着かない。


 と、急に空気がピリついた感じがする。涼太のやや大きい声が女子達に聞こえたのか、殺気にも似たような殺伐とした雰囲気が漂っている。女子達からすれば、ライバルが増えるのだ。それも可愛いときたら、ピリつかないわけがない。

 転校生が可愛い女子なのは嬉しい。隣の席というのは緊張してしまうが。

 しかし、今の俺は奈津美さんの顔が頭に浮かんでいた。あの人と比べれはクラスの女子など眼中にないし、いくら可愛いとは言っても奈津美さんの魅力には勝てないだろう…。


 そんなことを考えていると、教室のドアがガラッと開く。そして担任ではなく、学年主任の先生が入ってくる。

 瞬間、教室は静かになり、全員が前を向く。


「みなさん、おはようございます。」


「おはようございます!」


 学年主任の挨拶に、全員が挨拶を返す。この学年主任は橋本はしもと先生。かなり年配だが、体はがっちりしており、真面目な先生でもある。


桂木かつらぎ先生が遅刻だから、私が代わりに朝会を行います。日直、号令を。」


「起立!」


 橋本先生の言葉で、日直の生徒が号令をかけて朝会が始まる。

 桂木という先生はこのクラスの担任なのだが、遅刻癖があり度々遅刻してくる。沙耶といい、遅刻癖のやつ周りに多くないか?


 ――とはいえ、何事もなく朝会は普段通り進行していく。そして最後に橋本先生が話をする。


「最後に、今日はこのクラスに転校生が来ることになったので、紹介する。東山とおやまさん、入ってきて。」


 橋本先生がドアの方を向くとガラッと開く。男子達は少し浮ついている。が、女子達の空気は対照的に殺伐とした雰囲気になっていた。


 ――入ってきたのは小学生だった。いや、制服を着ているし、同じ年齢ではあるのだろうが、小学生と見間違うくらいに小さい。たぶん140cmもないくらい。目はやや大きくぱっちりしていて、髪はわずかに茶色がかっている。

 たしかに可愛い。しかし、なんというか男子が求めていた可愛さではなく、小動物のような可愛さだった。

 と、


「キャーーー!!!可愛いーーー!!!!」


 突然大きな声でクラスの女子達が騒ぎだし、びっくりする。先ほどまでの空気は一変して、東山と呼ばれた転校生の小動物的な雰囲気に歓声を上げていた。対照的に男子達は期待していた雰囲気と違ったのか少しがっかりしている。

 転校生はというと、目を丸くして驚いていた。


「みなさん、静かに!」


 橋本先生の威圧感の籠もった一言で教室は再び静かになる。


「今日からこのクラスに入ることになった、東山さんだ。東山さん、挨拶して。」


 橋本先生は東山さんの方を向き、にこやかな顔で話す。東山さんは正面を向くと、口を開いた。


「と、東山 小夏こなつです!よろしくお願いします!」


 小さい声ながらも頑張って張ったのだろう声で、挨拶をする。なんとなく聞き覚えのあるような声だ。


「可愛いーーー!!!!」


 再びクラスの女子達が歓声を上げた。こちらの思考が、一瞬にして吹っ飛ぶ。

 女子達の声も、橋本先生がギンッと睨むとまた消えて静かになる。


「大丈夫だと思うが、東山さんと仲良くするように!東山さんはえ~っと、あそこの桐島君の隣に座ってもらえるかな?」


 橋本先生がこちらを指すと、東山さんがこちらの方を向く。すると東山さんは目をパチパチさせ、ふいっと目線を逸らす。

 その仕草を見て、奈津美さんを思い出した。よく見ると、その顔立ちは奈津美さんによく似ているような気がする。先ほどの声も奈津美さんによく似ているし、もしかすると妹さんなのかもしれない。奈津美さんも昨日引っ越してきたみたいだし…。


 東山さんは小さく返事をすると、スタスタと歩きこちらに顔を向けることなく隣の席に座った。なんか嫌われるようなことしたか…?

 ひとまず挨拶をしてみるか。


「東山さん、よろしくね。」


「よ、よろしく…。」


 東山さんはこちらに顔をあわせることなく、ボソッと返事をする。もしかして引っ込み思案な性格なのだろうか?とにかく話題を振ってみないとな…。そうだ!


「あの…、東山さんってお姉さんいる?奈津美さんって名前の…。」


 もし奈津美さんの妹なら、うまくいけば真里さんとも仲良くなれるかもしれない。そう思って周りに聞こえないようこっそり聞いてみた。

 すると東山さんは驚いた様子でこちらの方を向き、目をパチパチさせる。かと思うと、ふいっと顔を逸らした。耳がなんとなく赤くなっている。


 今の様子で何か察した。もしかすると、この東山小夏こそ、昨日俺を助けてくれた奈津美さんかもしれない。もしそうなら、俺の中の憧れの奈津美さんのイメージが崩れ落ちる。

 しかし、奈津美さんと今の小夏の雰囲気の違いにだんだん笑いが込み上げてくる。


「…ぷふっ…。」


 周りに気づかれないように抑えようとしたが、我慢できずわずかに笑いが漏れる。

 ハッとして周りを見るが、幸いにも気づかれた様子はなかった。隣にいた小夏を除いて…。

 小夏の顔をチラッと見ると顔を赤くして、こちらを睨んでいる。こうして見ると小動物みたいでたしかに可愛い。奈津美さんとのギャップにさらに笑いそうになる。


「…放課後ちょっといいかしら?」


 こちらのそんな雰囲気に気づいたのか、小夏は怒りの感情を露わにボソッと呟く。そんな様子も奈津美さんとのギャップを感じてツボに入り、静かに笑いを堪えていた――。


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