第6話

「ごめんなさい、本当にごめんなさい。」


誰かが泣いて謝る声が聞こえた。


「娘は、もう誰の声も聞けないんですよ!!音楽だって聞けない。もう何も聞こえないんです!!」


ごめんなさい、ごめんなさい、と何度も謝る声が聞こえた。


「帰ってください、もう来ないで!!」


怒鳴り声と同時に誰かが部屋から出できた。


「お母さん…?」


咄嗟に呼んだ僕の声は、お母さんにはもう届かなかった。

逃げだしてしまいたかった。

何もかも、見なかったことにしてしまいたかった。

母に駆け寄って、謝りたかった。全部うそだよって言いたかった。

けど、もう母の目に僕が映ることはなかった。


「今度はもう逃げるな。ちゃんと見るんだ、お前の目で。」


おじさんの言葉が浮かんだ。

行かなきゃいけないと思った。

病室からもう一人だれかが出てきた。

いつも姿勢が良くてきれいな幼なじみの母親。

今はもう髪も服もボロボロで別の人みたいだった。


僕はそっと病室に入る。


「美咲…?」


呼びかけても彼女に僕の声は届かない。

はずなのに。


「駿太?」


彼女は僕のことを"駿太"とよんだ。


「良かった、生きてたんだね。」


違うよ、違うよ、美咲。

僕はもう死んでるんだ。


水が暴れる音がした。

豪雨が地面を叩く音がした。

そして、美咲が僕を呼ぶ声がした。


「バカだよね、私。助けようったって泳げないんだもん。そりゃあ、こうなっちゃうよね。」


僕に蘇るあの日の記憶。


「どうして?どうして美咲は僕を助けたの?自分だって死んでたかもしれないのに。」


「それは、駿太が大切だからだよ。私にとっての大切な人だから。考える前に体が動いてた。」


「最後に聞けたのが駿太の声でよかった。」

美咲は、僕にそういった。

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