第三章 「鉄の陰謀」  第三話

翌朝、アリンカの街にグレスタス王国の王都からの使者が訪れた。使者は堂々たる姿の騎士だった。鎧は過度な装飾を施されず、実用的でありながらも洗練されている。その佇まいは無駄がなく、剣士として研ぎ澄まされた気配をまとっていた。広場に降り立つと、彼はレイジの前に歩み寄り、まっすぐな眼差しを向けた。

「王の命により、貴殿を王都へと招待する」

端的で、重厚な言葉だった。

「貴殿の告発と、それに伴う街の再生の功績を、王は高く評価されている」

騎士の口調は、礼を尽くしながらもどこか威圧感があった。

「速やかに準備を整え、王都へ向かうように」

そう言って、騎士は一歩下がった。

周囲の人々がどよめいた。

王都アラゴタ、それはこの国の中心であり、栄華の象徴。

そこへ"招待される"ということの意味は、誰の目にも明らかだった

レイジは内心、すぐにでも旅立つことは可能だった。しかし、ふと考え、騎士に言った。

「悪いが、一晩待ってもらいたい」

騎士は一瞬、意外そうな表情を浮かべたが、すぐに頷いた。

「承知した。準備を整えられたら、我々が護衛として同行する」

王直属の騎士団、彼らが自らの手で護衛しながら王都へ送るということは、それだけ王が「直接」レイジに関心を抱いている証拠だった。何かの「試練」なのか、それとも「褒賞」なのか。レイジは、まだその意図を測りかねていた。

その夜、レイジとセシリアは、あのレストランで「お別れのパーティー」を開いた。かつて、飢えと絶望に沈んでいた家族が、新たな店を構え、今はこうして人々をもてなしている。

「これも、貴方のおかげです」

店主の男は、感慨深げに言った。レイジはワインのグラスを回しながら、静かに笑った。

「俺は、ただ腹が減ってたから飯を食いに来ただけだよ」

セシリアがくすっと笑い、店主の娘が「また来てね!」と屈託のない声で言った。

この街の一つの「章」は、ここで幕を下ろした。そして、新たな舞台が、王都で待っている。


翌朝、アラゴタへ向かうための馬車が用意された。それは、今までレイジが見たことのないほど立派なものだった。堅牢な造りの車体、深い黒と金の装飾、王都への旅にふさわしい威厳を放つ馬たち。騎士団は整然と並び、レイジたちを見据えていた。レイジは一歩、馬車へと踏み出す。

この扉を開けば、彼は"次の世界"へ足を踏み入れることになる。セシリアがそっと隣に並び、不安げな瞳で彼を見上げた。

「……行こうか」

レイジは静かに言い、王都への旅路が、今、始まった。


馬車は静かに、アラゴタへの道を進んでいた。

レイジは窓際に肘をつき、流れていく風景を観察する。

丘陵の間に広がる村は、まだ発展の途上にあった。市場は小規模ながらも、人の流れが活発だ。交易が盛んにりつつある証拠だろう。一方で、次に見えた街は活気に満ちてはいたが、何かが違った。

「……あの街、治安が悪そうだな」

人々の表情がどこか暗い。広場に屯する男たちは、明らかに労働者ではない。見張るように目を光らせる姿は、闇市場や賭場の空気を彷彿とさせた。発展と混乱。豊かさと腐敗。レイジはただ黙って、それを見つめ続けた。

「わあっ!」

突然、隣で歓声が上がる。セシリアだった。

「ねえ、レイジ様! 見てください! 湖がキラキラしてる!」

彼女はまるで遠足に来た子どものように窓に身を乗り出していた。

「うわぁ、すごい! あの森、すっごく綺麗!」

目を輝かせながら、次々と景色に反応する。レイジが冷徹に町の状況を分析していたのとは対照的に、彼女はただ純粋に旅を楽しんでいた。

レイジは小さく息を吐き、呆れたように微笑む。

そして、馬車が最後の峠を越えた。

視界が一気に開ける。

「……!」

レイジたちの目に映ったのは、アラゴタだった。

広大な石造りの城壁、整然と並ぶ屋根の群れ、壮麗な宮殿――

それはまさに、「力と秩序の象徴」だった。

都市全体が計算され尽くしたような造りをしている。巨大な市場は、人の流れが滑らかに制御されている。

軍の駐屯地、行政区画、貴族街、市民街――どこを見ても、秩序が保たれている。

(ここまで統制が取れた都市……)レイジは確信した。この王は、ただの権威者ではない。有能な支配者だ。

王都アラゴタへの旅は、ついに終わり、そして新たな幕が開く。


王都の石畳を馬車がゆっくりと進む。重厚な城門が開かれると、そこには騎士たちが整列し、王城へと続く道を静かに見守っていた。レイジとセシリアは護衛騎士たちに促され、馬車を降りる。そして、城の奥深くへと案内されていった。玉座の間へ向かうものだと、レイジは当然のように思っていた。

しかし、進んだ先は玉座の間ではなかった。

案内されたのは、城の一角にある小さな大広間だった。

天井は高く、装飾も控えめだが、決して貧相な空間ではない。

むしろ、余計なものを排除し、"本質"だけを残したような室内。しかし、違和感がある。貴族たちの姿がない。

通常なら、王都に招かれた者の謁見は、貴族たちの立ち会いのもと、玉座の間で行われるはずだった。王の言葉は、貴族の耳に届けられることが前提となる。それが、王都の慣習のはずだ。

それがない。

(これは……「謁見」じゃない、「密会」だ!)

レイジは、目の前にある静寂を感じながら、思考を巡らせる。

この王は、一体何を企んでいるのか。


扉が静かに開いた。レイジは無意識のうちに背筋を正した。王が現れた。長い歩幅で、堂々とした足取りだっ。華美な装飾に頼ることなく、それでいて、その存在感は絶対的だった。この場の空気が、王の一挙手一投足に支配されている。

彼は「統治者」として生まれ、「統治者」として生きてきたのだと、ただそれだけで理解できた。

そして、王はレイジに視線を向け、ゆっくりと口を開いた。

「そなたの能力は、比類なきものだ。」

その声は、静かでありながら、広間全体に響く。

「だが、私が最も驚いたのは、そなたの「謙虚さ」と「無欲さ」だ。」

王の目は、レイジを試すように細められる。

「私が今まで見てきた強者たちは、力を持てば権力を求め、財を得ればさらなる富を欲しがった。」

「しかし、そなたほどの力を持ちながら、ここまで権力や富に惹かれぬ者を、私は見たことがない。」

その言葉に、一切の飾りはなかった。王は本心からそう言っている。それは、レイジにも分かった。


レイジは静かに頭を下げ、丁寧に礼を述べた。

「過分なるお言葉、恐悦至極に存じます。」

それは、どこまでも礼儀正しく、貴族的な返答だった。

だが、彼の内心は、まったく別のものだった。

(……違う。)

レイジは、王が評価した謙虚さを、自分の中に見つけられなかった。

(そんなことはない。俺ほど「人生の意味」や「価値」を執拗に追い求める強欲な男はいない)

何のために生きるのか。何を成すべきなのか。その答えを探し続けることこそが、レイジの人生だった。

それを無欲と呼ぶのなら、それはあまりに皮肉な言葉だ。


王は、レイジへの称賛もそこそこに、表情を引き締め、本題へと入った。

「あの悪徳商人だが、やつが口を割った。」

レイジの眉がわずかに動く。

「そして、ある辺境貴族の名が浮上した。」

王の声は低く、しかし明瞭だった。

「アルトナー卿という男だ。このアルトナー卿について、情報を集めてもらいたい。」

王は、重厚な机の上に、巻かれた羊皮紙を置いた。

「これを受け取れ。」

レイジが手を伸ばし、それを広げる。それは身分を偽装した証書だった。王都を離れ、目的地へと潜入するための「盾」だ。この瞬間、レイジは理解した。

王は、自分をスパイとしてヘッドハントしたのだ、と。


王は、ゆっくりと視線を落としながら、低く言った。

「…そなたに、この調査を依頼する理由を話そう。」

レイジは黙って続きを待った。

「我々が捕らえた悪徳商人が、ゴロツキどもに流していた武器だが、それが王国の正規軍とほぼ同じ規格のものだった。つまり、王国の正式な軍用装備と見分けがつかないほどの品だ。」

王は少し間を置いた。

「最初は模造品かと思われた。だがあまりにも高品質だった。」

王国の尋問官が、悪徳商人を追及した。その時、男はこう答えた。

「俺は、裏ルートでその武器を「買っただけ」だ。本物の王国軍用武器を盗んだわけじゃない。」

王の目が鋭く光る。

「これは、見過ごせぬ。」

レイジは静かに頷いた。正規軍と同じ品質の武器が、王国の管理を離れ、裏市場に流れている。それも、ただの盗品ではなく、「供給」されている可能性がある。

王はその証言を重く受け止めた。

「そこで浮かび上がった名が、アルトナー卿という男だ。」

王の言葉には、確かな確信があった。

「この件が事実ならば、王国の中枢を揺るがしかねない。」

「レイジそなたに、この真相を暴いてほしい。」

レイジは手元の「偽りの身分証」を見つめた。

(……王は、俺にどこまでの「仕事」を期待している?)

一つ、確かなことがある。この調査は、ただの貴族の素行調査などではない。

これは国家の根幹を揺るがす陰謀の匂いがする。

レイジは、ふっと口元を歪めた。

「…お引き受けしましょう。」

王は静かに頷き、広間には、しんとした緊張が漂った。

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剣と魔法と情報戦~チート転生主人公は虚無と欠落を抱えながら無双する~ 黒井ねこ丸 @kuronuko9696

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