第2話
畳の上に降り立ったお雛様は、スキップというものをしてみました。前に子どもたちがしているのを見たとき、楽しそうに見えたからです。十二単はどういう仕掛けか全く重さを感じません。
「これ、すごく面白いわ。なんだか気持ちまでうきうきしてくるみたい。背の君もどうぞ」
笑顔で振り返ってお内裏様にも勧めましたが、どうやらお内裏様は運動音痴のようです。テンポのよいスキップになりません。立ち止まって少し首を傾げてそれを見ていたお雛様は、そっとお内裏様の手をとりました。
「ごめんなさい。はしゃぎすぎちゃったわね。こうしていきましょう。この方がデートっぽいわよね」
手をつないで縁側への障子近くまで行ってみると、部屋の中からでも月が見えました。
「まぁ。なんてきれい。うさぎさんがいるって本当なのね」
お内裏様は一緒に月を見上げ、それから視線を隣のお雛様に移しました。その姿は月明かりを浴びて神々しいまでに美しく、ほうっとため息をつきました。その視線に気づいたお雛様はにっこりと笑みを湛え、それからもう一度月を見上げてお内裏様の肩に頭を乗せました。
「ロマンチックね」
つい先ほどまで軽快なポップスを演奏していた五人囃子は、上から二人の様子を見ていた官女たちのリクエストで、しっとりとムーディな曲に変更しています。テレビからの聞きかじりだけなのに、中々みんな芸達者です。
左大臣は瞑想でもしているのでしょうか、腕を組んで目を閉じています。下から見上げた仕丁たちは、「いっつも動けないんだから、こんな時くらい何かすればいいのに」と囁きあいました。そういう仕丁たちは、家中をあちらこちら探索しては雛段の下に集合して報告しあっていました。
「この家は中々広いのだな。あっちにもこっちにも部屋があったぞ」
立傘持ちの仕丁が笑顔で報告すると、台笠持ちが怒り顔で興奮して話します。
「俺は猫とにらみ合いっこしたぞ!」
「猫!? 飛びかかってこなかったのか!?」
「なに、最初は驚いたがガラス戸越しだったからへっちゃらだ」
「なんだ。脅かすなよ。ふふん。その怒り顔でもさすがに猫と対決は無理だろう。で、お前は?」
鼻で笑った立傘持ちが、今度は沓台持ちに話をふりました。
「置いてあったタブレットで調べてみたんだけど、今日三月三日が満月になるのは十九年に一度らしい」
沓台持ちは半泣きの気弱そうな顔で報告しました。
「なんだって! そりゃびっくりだ」
「それならどうして今回だけこんなに動けるんだ?」
「よ、よくは分からないけど、どうもここ何回かは天気が悪かったんじゃないかな」
「つまり、月が見えなかったてことか」
「なるほど。一理あるな」
沓台持ちの推論にあとの二人が素直に頷きました。気弱だけれど頭の良さは一級品だと二人は一目置いていたからです。
「あら? お二人がいらっしゃらないわ」
ふと、三宝持ちの官女が気づいて声をあげました。残りの面々が部屋を見渡してみるも、二人の姿はどこにもありません。
「右大臣は?」
「右大臣もいない」
彼がいるなら大丈夫かとは思われるが、やはり見えるところにおられないのは気にかかります。仕丁たちが「探しに行ってまいります」と飛び出していきましたが、一回りしても見当たらなかったどころか、右大臣も二人を見失ったといって探し回っているといいます。五人囃子も楽器を置いてぞろぞろ下へ降り、捜索に乗り出しました。それでも中々見つからないので、三人官女もそわそわと下まで降りてみました。
パタパタと男十人が家中を駆け回り、三人がおろおろと手を取り合っていいたとき、お二人がどうしていたかといいますと。
「背の君。もそっと奥へ詰めてちょうだい。これじゃあ見つかってしまうわ」
「みなを困らせてしまっていますよ。桃の君。ずっとこんなところにはいられませんよ」
お内裏様に窘められながらもお雛様はいやいやと
そもそもは、ロマンチックに飽きてきていたお雛様の耳に仕丁たちの冒険話が入ってきて、むくむくと湧きあがる好奇心に駆られて部屋を出たのでした。右大臣は少し離れたところから、しっかり警護していました。それが、あちらこちらと探検した最後に、例の猫に遭遇したのです。
窓のすぐ向こう側の石段に猫が丸くなっていたのですが、少し低くなっているため中からは見えませんでした。二人は全く気づかないまま縁側の窓際を並んで歩いていたところ、突然、「シャーッ」っと猫が大きな口を開いて威嚇してきたのです。
「きゃっ」
「うわぁ」
思わず飛び退る二人と猫の間に右大臣が立ちふさがり、儀仗の剣を振り上げました。正式な武器ではなくとも、ないよりはましだと思ったのです。
「お逃げください!」
二人がバタバタと去っていく足音を確認して、目の前の猫にしっかりと対峙した右大臣は、猫がガラスの向こうにいて襲ってこれないことに気がつきました。ほっと胸をなでおろし、すぐにお二人の向かった方へ追いかけました。しかし、お二人はどこにも見当たらず、方々を探しまわっていたところ、他のみなが捜索に加わったのでした。
「さあさあ、もう出ていかないと。みなが探していますよ」
近く遠くで「お
「ほらほら。官女たちまで」
「いやよ。だってまたあのひな段の上でじ~っとしてなきゃならないのよ」
「ここに隠れていても出ていけないなら同じでしょう。ね?」
空も段々白みはじめてきました。
「お
ふいにお雛様のすぐ近くで三宝持ち官女の安堵した声がしました。明るみはじめたことで、はみだしていた華やかな裳裾が見つかってしまったのです。
「いやいや」と顔を背けるお雛様のわがままを、官女はきっぱりとはねのけました。やわやわとお雛様のご機嫌をとるお内裏様の声と違って、逆らえない力がこもっています。
「お
それを言われるとお雛様もしゅんとなって従うしかありませんでした。そろりそろりと隙間から出てきます。
「まあ! お
「見つかったのですね! よかった!」
「もう随分明るくなってきましたよ!」
官女たちに連れられ雛段の前に戻ると、お雛様は大急ぎで身なりを整えられました。もどってきた他の面々も各々埃をはらいます。
「お急ぎください。もうすぐ六時ですよ」
急かされて雛壇をあがろうとしたとき、お雛様は十二単衣の裾を何かにひっかけてしまいました。カタン、パラパラと音がして、振り返ると辺り一面にひなあられが散らかっていました。菓子台の高坏を倒してしまったのです。
「まぁ! どうしましょう」
「急いで拾わないと!」
「みんな手伝って!」
みんなして一つずつ拾いあげ、やっと半分ほど片づいてきました。
「急いで急いで!」
官女たちは焦っているのに、仕丁たちと五人囃子たちときたら、片づけつつもひょいひょいっとひなあられを口に運んでいます。
「これ、そんなことをしているひまはありませんよ」
「殿とお
急き立てられてあがろうとしていたお雛様は、「うまいうまい」の声にひかれて、ひなあられを数個手にとりました。
「さあさ、早く早く」
時計の針は六時を回っています。いつもならもう家の人間が起き出している時間です。土曜日だからかいつもより遅いようですが、もういつ起きてくるかわかりません。
その時。パタパタと子どもの足音が近づいてくるのが聞こえてきました。
「大変大変! 戻って戻って!」
まだひなあられは残っていますが仕方がありません。みなは大急ぎで元の場所へ戻りました。最後に仕丁が道具類も元通りにします。
「まま~」
勢いよく障子が開いて、女の子が駆けこんできました。
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