第3話

 入ってきた女の子は、首を傾げました。


「あれぇ? こっちで声がしたと思ったのに。まま、まだ起きてないのかな」


 踵を返して出ていこうとした女の子は、足元にひなあられが散らばっているのに気がつきました。


「こぼれてる。どうして?」


 きょろきょろ辺りを見回してみますが、猫が入った様子はありません。縁側に出て確認してみると、ちゃんといつもの定位置に丸くなっています。不思議に思いながら戻ってきて、こぼれているひなあられを高坏に戻し始めました。

 もどしながら、さっきの仕丁たちのように口の中へも入れました。


「おいし」


 片づけては食べ片づけては食べしている間に、散らかっていたひなあられは全部なくなってしまいました。きれいになってそこで終わればよかったのに、口の方がもっと食べたくなってしまいました。


「もうちょっと食べたいな」


 女の子はせっかく拾い集めた高坏の中のひなあられを、ひとつずつ口に運んでいきました。

 ひなあられはどんどん減っていきます。お雛様たちは、勝手に食べて怒られないかしらと、はらはらしながら見守っていました。

 拾いながら食べていた時と違って、高坏から取るのでちょっと余裕のできた女の子は、どうして散らかっていたのかしらと、もう一度考えました。そして口に運びながらまた辺りを見回して赤い毛氈の上にもひなあられがあるのを見つけました。


「お雛様たちが食べたのかな」


 よく見ると、たくさんではありませんが毛氈のあちこちに転がっています。


「みんなで仲良く遊んで食べたのかなぁ?」


 首を傾げてお雛様に目をやると、一番近くにいた立傘持ちの仕丁と目が合った気がしました。その仕丁はにこにこ笑っています。

 

「ほんとに食べたの? 楽しかった? もう一つ食べる?」


 仕丁に話しかけながらその口元にひなあられを近づけたその時です。


「あ! わ~るいの! 一人で勝手にひなあられ食べてる!」

 

 入ってきたお兄ちゃんが大声を出しました。

 

「一人じゃないもん。お雛様も食べたもん」


 女の子は言い返しました。しっかり食べたのですが、決まりが悪かったのです。


「う~そつき、うそつき。お雛様が食べるわけないじゃん」

「ほんとだもん。ほら!」


 囃し立てられて女の子は、毛氈の上のひなあられを指さしました。


「うわ~。そんなことでっちあげるんだ。ほんとにうそつきだぁ。母さんに言ってやろ~」


 お兄ちゃんはそう言うと、駆け出していきました。

 女の子はぷ~っとほっぺを膨らませて、おひなさまに向き直りました。


「ね、ほんとに食べたよね?」


 さっきの仕丁に聞いてみます。


 すると。


 ほんのわずかに仕丁が頭を下げたような気がしました。


「やっぱり!」


 女の子は嬉しくなって全体を見上げました。今度は、十五人みんなで頭を下げてくれました。

 女の子は満面の笑みを浮かべて、お兄ちゃんに言ってやろうと振り返りかけましたが、その時一番上のお雛様がすっと人差し指を口の前にもっていきました。


「ないしょ、なのね?」


 女の子が問いかけましたが、もうお雛様たちは動いてくれませんでした。

 でも女の子ははっきり見たのです。

 お兄ちゃんがお母さんを連れて戻ってきて、女の子は叱られましたが、素直にあやまってお雛様のことはもう言いませんでした。お兄ちゃんが「さっきはうそをついたくせに」と文句を言いましたが、知らん顔をしました。

 

 女の子だけが、おひなさまの秘密を知っているのです。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まんまる月夜のおひなさま 楠秋生 @yunikon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ