第18話
いつかの風景に、私は立っていた。そして、唐突に見慣れたその背中を見つける。
「………れん?」
『………』
「……、もう、会えないと思ってた」
『……、』
言わなきゃいけないことがある。焦燥感だけが心を襲ってる気がして、早く早くと言葉を紡ごうとするのに思う様じゃなかった。
「恋。私さ…」
『もう会えない』
「……え?」
『佐紀を誘ったのも襲ったのも、サキュバスだから。他人と同じ』
「……っ、でも」
――さっきの人も今までの人も…佐紀も、恋のことそういう風にするから。だから佐紀は悪くないよ。そういう人、いっぱいいたから。
呪いのような言葉に、身体が沸騰するかのように熱くなる。今まで抑えてきた感情が爆発するかのようだった。
「――ッ!」
奥歯が軋むくらいに食いしばる。身体は言うことを利かなかった。力任せに恋を組み敷いて、押し付けるようにキスをする。漏れる吐息ばかりが耳について、体の奥底が滾る。触れる先から恋の身を包む衣服たちを、無理やりに剥いだ。
「…、はぁ、は、…っ、」
『……ほら、やっぱり』
「っ!!」
熱くなる私とは逆に、熱のない手が頬に触れる。ハッとして見開いた先には、感情の消えた恋がいた。
「…っ、ちがぅ」
『違わない。同じ。』
「だって、私…、恋のこと…!」
『……それは、私が淫魔だから勘違いしてるんだよ。みんなそう』
違う。ちがうんだよ、恋。
そう思うのに、その体から手を離したいのに、吸い付いたように自分の手は恋の肌から離れない。それどころか、その肌をすべり全てに触れようとする。
まるで、欲に掻き立てられた獣、それそのもの。
『は、…、ん、』
いやだ、やめたい。
『…ん、ぅ』
止まってほしい。なのに、手が止まらない。体と脳が別のもののように、言うことを聞かない。
「っ、……!ーー、」
こんなの、ほんとに。
『………ぁ!』
――そこら辺のヤツらと、同じじゃないか。
――……!、
もういやだ。
『あ、ん。……はぁ!』
こんなの、いやなのに。
―――……き!
好きで、好きで。仕方がないのに。
――さきっ!
目に映る君は、私の名前を呼びながら、涙とともに、鳴く。
『――!』
「さき!!」
「――っ!!」
声に引っ張られて、ぐちゃぐちゃの世界から引き上げられる。さっきまでいた世界から離れた安心と、違う世界への戸惑いが占める。
ナいている恋もいない。部屋は馴染みのある光景で、布団はぐしゃぐしゃになっていたけれど、体を覆っていて身体中がじっとりしていた。体と脳は繋がっていて、自由に動く。ただ、心臓と呼吸が落ち着かない。
「、っ、はっ!、はぁ…、」
天井を見つめていた視線を移動させる余裕が出来て気づく。
君が、いた。
「……、れん…?」
「佐紀…、大丈夫、?」
苦しくて、苦しくて。心臓がぎゅうって絞られるようだった。胸がせり上がって、息が詰まる。喉がつかえて痛い。汗でベタついた全身も、それにまとわりつく服も、熱を逃がさない布団も不快で仕方がない。熱でバタバタと細胞が働いている気がする。
状況を判断すると共に、心臓がまた大きく暴れだして、布団を握る手に力が入る。不快感は一蹴される。ただ、ねるがいる。それだけで。私の体は忙しくなる。
「……れ ん、」
「………」
夢の中の言葉が反芻される。自己嫌悪でいっぱいになるのに、恋を好きでいることも、求めることも止められない。それは、恋の言う『淫魔』だからなのか。
「………れんは、」
私の言葉に、恋はなにも言わなかった。でも夢から引き上げるための強い声が脳に張り付いている。
それでも相槌もなく声を出さないのは、言うことがないという意思表示なのか、ただただ受け入れる姿勢を見せているのか、一瞬脳の片隅で考えたけれどすぐに捨てた。
そんなのは今、どうでもいいんだ。答えなんて、分からないんだから。
「恋は、私の何を知ってるの…?」
恋が私を否定するなら、私も、恋を否定する。
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