第1章: 孤独な歌

アリアは、広大な海の中で、ひときわ目立つ存在だった。彼女の歌声は、風のように高く、澄み渡る美しい響きで、海の広さに溶け込んでいった。だが、その歌声がどこかで、誰かに届いているとは思えなかった。


最初は気づかなかった。群れの中で歌っていても、他のクジラたちとは違う自分の歌声が不安に感じることはなかった。彼女の歌は、他のクジラたちの歌に混ざり、どこか不自然に響くものの、最初は気にしていなかった。しかし、日が経つにつれ、何度も歌ってみても、群れの反応は変わらなかった。


群れのクジラたちは、お互いの歌に共鳴し、心を一つにしてその歌声を重ねる。だが、アリアの歌は、いつも空気のように消え、誰の心にも届かない。それがどんどん気になり始めた。周りのクジラたちが楽しげに笑い合い、同じ歌を歌っているのを見て、アリアはますます自分がそこにいないように感じた。


「どうして、私の歌は響かないの?」


その問いは、心の中で何度も繰り返された。毎回歌うたびに、その声が自分の中だけで消えていくような気がして、次第にその空しさが心を蝕んでいった。何度も歌ってみるが、いっこうに返ってくる反応はない。周りのクジラたちは、アリアの歌声に一切気づかないようだった。


アリアは心の中でその答えを探し続けていたが、何も見つけることはできなかった。彼女は自分が群れから外れた存在であることを、しだいに確信していった。群れの歌が力強く、皆の心をひとつにしている中で、アリアだけがその輪に溶け込むことができない。彼女の歌声は、群れの中でただひとり無音で沈んでいるように感じられた。


ある晩、群れから少し離れた場所でひとり、アリアは歌ってみた。今度はより深い思いを込めて、力強く歌った。だが、いつもと変わらず、彼女の歌声はどこか遠く、無駄に響くだけだった。歌を終えると、周りは静寂に包まれた。まるで、彼女の存在そのものが海に溶け込んだように感じられ、孤独感が胸を締めつけた。


「私はひとりなのか?」


その問いは、深く深くアリアの心に刺さった。海の広さに圧倒されながら、彼女はその孤独感に飲み込まれていった。自分だけが、群れの中で空気のような存在であるような気がした。そう感じながらも、彼女は泳ぎ続けた。群れの中に戻ろうとも、戻らずとも、アリアにはもうその決断をする力がなくなっていた。


だがその夜、ふと海の奥深くで、微かな音波が聞こえた。最初は何の音か分からなかった。だが、それは確かに、アリアの歌声に共鳴しているような感覚を与えた。微かな震えと共に、アリアはその音波を感じた。それは、魚たちのさざめきのような、いや、もっと微細で不確かな音だった。


「これって……?」


その瞬間、アリアの胸の中で何かが動いた。彼女はその振動に引き寄せられるように泳ぎ続けた。微かな音が、海の中でどこかで響いている。ひょっとしたら、自分の歌声が、誰かに届いているのかもしれない。いや、それすらもわからない。ただ、アリアの心の中でその微かな希望の兆しが芽生えた。


「もしかしたら、私の歌は誰かに届いているのかもしれない」


その思いが、少しずつアリアの心を照らし始めた。しかし、その答えが確かだと言えるのはまだ先のことだった。今はただ、その微かな音を信じて、泳いでみることしかできなかった。

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