第2章: 海の深み

群れを離れ、アリアは深海へと泳ぎ続けていた。広大な海の中で、彼女は自分の歌声が届かないことを痛感していた。周囲の音が完全に消え、アリアの声だけが空虚な空間に広がっていく。しかし、どんなに歌っても、何も反応はない。歌声が波となり、海の底へと沈んでいくのを感じると、アリアは心の中で次第に冷たく無力になっていった。


「どうして…どうして私はひとりなんだろう?」


深海の底は異常に静かで、まるで世界が止まったかのようだった。深く、暗く、何も音がない。アリアはその沈黙に包まれ、無限の孤独感に押しつぶされそうになる。無力な自分、届かない歌声…。どれだけ声を振り絞っても、海の広さに飲み込まれるように感じた。


「私が歌っても、誰にも届かない」


その思いがアリアの心を締めつけ、涙が目の奥に滲む。深海の中では涙も音を立てずに消え、まるで彼女の心が本当に海に溶け込んでいくように感じた。しかし、その時、ふと、微かな振動を感じた。


最初は、ただの海流だと思った。しかし、その振動が何度も繰り返し伝わってきて、彼女の体を揺さぶった。アリアは耳をすませ、音を探した。と、その振動は、まるで彼女の歌声に合わせて共鳴しているかのように感じられた。


「これは…?」


驚きとともに、アリアは歌声を再び放った。今回は少し違う。声の高さを変え、リズムを意識してみると、その振動はさらに強く、確かなものとして感じられた。振動が魚たちの鳴き声だと気づいたのは、ほんの一瞬だった。小さな群れの魚たちが彼女の歌声に反応して、微かな音を出している。


その音は、アリアにとっては希望の光だった。それまでの無反応な海の広がりに比べて、魚たちの微かな鳴き声は、アリアの心に温かさを運んできた。彼女は、初めて「自分の歌が届いている」という確かな実感を得ることができた。


「届いている…私の歌が、誰かに届いているんだ」


その小さな音は、アリアにとっては大きな力となった。どれだけの時間がかかっても、歌声は決して無駄ではないと感じ始めた。たとえ、それが小さな命の音であっても、確かに届いている。アリアはそれが、彼女が今まで感じていた孤独を少しずつ癒していくことを実感した。


海の深みでの新たな繋がりを感じ、アリアは、初めて「ひとりじゃない」と思った。彼女の歌声が、どんなに小さくても誰かと繋がっている。それが、アリアにとって何よりの希望だった。

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