届かぬ声、響く心 ~ 52Hz(ヘルツ)の歌姫 ~

Algo Lighter アルゴライター

プロローグ: 孤独な歌声

アリアは、群れの中でひとり、自分の歌声が響く場所を探していた。彼女の声は、風のように高く、繊細で、他のクジラたちには届かない。何度も歌ってみても、その声は海の底に吸い込まれていく。群れは大きく、力強く歌い、息を合わせる。それを聞いて、アリアはますます自分の存在が遠く、薄く感じるのだった。


最初、アリアはそれを気のせいだと思った。まだ歌の仕方が足りないだけだろうと。でも、月日が流れるにつれ、彼女の心に次第に確信が生まれてきた。歌を上げる度に、群れのクジラたちは無反応で、彼女の声はまるで海の広がりの中に飲み込まれるようだった。誰も耳を傾けてくれない。誰も彼女を認めてくれない。


その孤独感は、日々の海の深さとともに深まっていった。自分が無価値に思えて、心が空っぽになる。群れのクジラたちが楽しそうに歌っているのを横目で見ながら、自分がその中にいることを想像するが、どこかでその想像がつかなくなった。


彼女は海の中を泳ぎながら、ふと思った。自分の歌は、無駄なのだろうか?それとも、歌っている意味があるのだろうか?その問いに答えるように、アリアは歌を続ける。声を出すことが、たとえ届かなくても、せめて自分の存在を感じさせる唯一の方法だから。


「どうして、私はこんなにひとりなの?」


心の中で呟いた言葉は、海の中で消え去るようだった。その声が、誰にも届かないように感じる。アリアはふと胸が締め付けられるような感覚を覚えた。孤独は次第に自分を支配し、その重さに耐えることができないほどになった。


だが、ある日、奇妙なことが起こる。アリアが歌声を上げたとき、ほんのわずかな振動が耳に届いた。最初は気のせいかと思ったが、それは確かに、海の中で微かに響くような音波だった。彼女は息を呑み、耳を澄ませた。さらに、その音は次第に明確になり、他のクジラの歌声とは全く異なる低く、穏やかな波動のような音がアリアに届いた。


「これは……?」


驚きと戸惑いの中で、アリアはその音に従って泳ぎ続けた。それは魚たちの微細な音波だった。彼女の歌声に反応するように、魚たちがその波動を奏でている。アリアはその瞬間、わずかな希望の光を感じた。自分の歌が、クジラには届かなくても、他の生き物には届いているのだと。


その小さな発見は、アリアの心に微かな温かさをもたらした。彼女は自分が孤独でないかもしれないという考えを抱きながらも、その真実を受け入れることには時間がかかるだろうと思った。今はまだ、その希望がどれほど確かなものか分からない。それでも、少なくとも今は、何かが変わり始めているという予感が胸の中に芽生えた。

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