第12話
そんな一癖も二癖もある料理教室に、
なぜ僕が通っているのか。
自分でも時々不思議な気持ちになる。
教室との出会いは、広告の仕事だった。
オーナー夫婦に新製品の調理器具のインタビューをしたのがきっかけ。
外国製のその調理器具はプロにも愛好家が多く、
とりわけ夫婦は若い頃からの愛用者で知られていた。
度々レシピ本でも登場するその調理器具の広告担当が僕。
誰とでもほどほどの距離感でいられる特技と、
僕のたくさん入る強い胃袋と美味しそうに食べる顔は、
スタッフの中でも、特にオーナー夫婦が気に入ってくれた。
せっかくインタビューをするなら
ぜひ料理教室で調理器具を使う体験して欲しいと誘われて
僕は二つ返事でコックコートをオーダーした。
本格的な料理教室の中で、まったくの素人は僕くらいだった。
知らな過ぎるのが逆に良かった。
まわりにいる優しい人たちが手取り足取り僕に料理を教えてくれる。
僕は職場でもなく、学生時代の友人でもない、
(なんなら会社的にはこの料理教室は、
素晴らしく今の仕事に役立つと賛同してもらっているので
料理教室の日は絶対に残業にならない。絶対に。)
この料理教室の居心地がだんだんと好きになっていた。
はじめは仕事だったハズの料理が、
無心になれたり、本当に美味しかったり。
月に何度かある水曜日が待ち遠しくなった。
地下鉄の出口が目の前に現れて、
雨が降っていることに気付いた。
仕事用のカバンから折りたたみ傘を出して、雨の三軒茶屋を歩く。
代理店の営業の仕事は折りたたみ傘があるといい。
雨は必ずいつか降るから。持っていると誰かが褒めてくれる。
三宿交差点は駅から10分くらい歩く。
雨で光が反射するアスファルト。
色が混ざって綺麗だった。
イヤフォンをポケットから探しているとき、後ろから声をかけられた。
同じ料理教室に通うナツちゃんだった。
ナツちゃんは生徒の中で唯一の大学生なので、
どことなく他の生徒さんと纏う匂いが違った。
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