第11話

穏やかな一年だった。


アメリカで過ごした時間は私に自分を見つめるための時間だったような気がする。


正直に言えば、私はあまり苦労をしらない人間だと思う。


良くも悪くも、幸せ寄りの人間で、良くも悪くも、知らないことが多すぎる。


ここでの暮らしでは、お互いに「比べる」という感覚がない。


「そうなんだ!」という発見と尊重。


お互いに上手くやっていくために、お互いを見つめ協調性を持つ。


日本にいると、みんなが同じようなレールの上を走り、黒い髪、黒い瞳、同じような顔、同じ制服、同じ部分が多すぎるから、ついつい比べてしまう。


あの人より幸せかも知れない。


あの人より成績がいいかもしれない。


あの人より好きかも知れない。


あの人より可愛いかも知れない。


それがいいか悪いかと言われれば難しい問題だけれど、日本という国は、海に囲まれていてとても似た人がたくさん住んでいる不思議な国なんだと思うようになった。




とても平和で、美味しい食べ物がいっぱいあって、明日が見えない不安が少なくて、病院はいつでも開いている。


それだけの事だと忘れていた。


当たり前が、当たり前ではなくなること。



ここは私に英語だけではなく、たくさんの事を教えてくれたような気がする。


どれも形がなくて、曖昧で、言葉にすれば消えてしまいそうなものばかりだけど、私はそういう目に見えない物がちゃんと世界にあって、そういう目に見えない物で世界はかなり大部分出来ている。



日本へ帰る日がカレンダーに書き込まれた頃。


私の英語の辞書はボロボロになっていた。


マーカーで線を引かれ、赤ペンで丸を書かれ、指でこすれる検索部分はインクの色を失い。


胸に抱きしめると、私のがんばった時間が全部ここにあるようで、目に見えない時間というものが形を持って抱きしめられる「物」に擬態化したようで。




少しだけ自分を好きになれる。


そんな風に思えた。

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