第6話

ボストンから車で1時間。


旅行雑誌で見るような写真とはかけ離れた、田舎町。


そこにある語学学校の1年プログラムに入校した。



ちゃんと履歴書に書けるような学校法人などではなく、世界中から自由に英語の勉強する人が集まるフリースクールにしたのは、留学期間を1年に短縮したかったからもある。


人生の中の、この1年だけは。



私は私のためにワガママに生きてみようと思っている。


もちろん、英語のコミュニケーション能力を上げるための時間でもあるけれど、それ以上に、なんのしがらみもない外国の田舎で、本当の自分と向き合ってみたかった。


来年、この田舎町を旅立ち、日本へ戻ったら、私はきっと真面目だからちゃんと会社に入って働くだろう。


毎朝満員電車に揺られて、両親と住む白い一軒家から「いってきます」と「ただいま」を繰り返す。


時々週末は父や母と外食をして、恋人も出来たらいいなと思う。



きっと。


世界の外側から見たら私なんかは小さな生ぬるい、普通の女の子だろう。


桁外れのお金持ちでもないし、絶世の美女でもない。才女でもけど、勉強は嫌いではない。


黒い真っ直ぐな髪の毛と、祖父譲りの少し華奢な骨格と、平均的な身長と。


優しい両親と、長く過ごしてきた学生時代の女友達と。


絵に描いたような普通の幸せと、普通の暮らしの中。


苦労と呼べる苦労もなく、なんとなく、大きくなれた。



普通と幸福のミルフィーユの人生。


その小さな一層だけ、アメリカの一人の時間が挟まる。



誰も、誰にも知られることのない、合成着色料みたいな色をしたクリーム。


甘くて高カロリーで、でも時々、無性に食べたくなる味。



学校の用意してくれている学生寮の私の部屋。


大きなドアとおおざっぱな窓枠と、アメリカらしい柄のカントリーなカーテン。


寮とっても日本の学生寮の様な物ではなく、ただのアパートの様な家。


マザーと呼ばれる太ったクッキーをいつも食べてるダニーが寮長として一階の角の部屋に住んでいる。


相談事や困り事はダニーまで。


これがここの合い言葉らしい。



このちょっと古いアパートには、ほとんど同じ学校に通う生徒しかいない。


そして。


このアパートにも学校にも、日本人は私しかいない。



私は、そんな、アメリカの片田舎に一人で一年間暮らす。

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