第5話
そこそこ裕福な家の一人娘として、のんびり育った。
東京の世田谷にある綺麗な住宅街の白い一軒家。
そこは祖父の代から住んでいる。
私の旧姓「近藤」という、どこにでもあるような普通の苗字の、普通の表札がかかった門。
中高は一貫校で女子校に通った。
学校に通うほとんどが付属の大学に進むか、私立に進む。
花園のような甘い蜜のような、そんなぬるくてゆるい世界で私は大きくなった。
成績は上の中。悪くなかった。
勉強は好きだったし、とくに語学は得意だった。
塾の他に英会話にも通わせてもらった。
もちろん。女の子なら通るであろうピアノ教室にも通った。
少女漫画や健全な小説の中に出てくるような、幸せそうな、いかにも裕福で普通の女の子だった。
だから。
大学を出て、アメリカへ留学したというのは、私の中ではかなり大きな決断だったと思う。
22才の私が、どうしてアメリカへ行きたかったのか。
鳥かごの中の様な平和な日常から、自らの決断で飛び出し、荒野をさまようような冒険をしたかったのか。
語学は本当に好きだった。
黒い髪、黒い瞳以外の人と話が出来るという事が、私は嬉しくてしかたなかった。
外国の翻訳されない原文を小説で読むのは、やはり面白いし、字幕を追わない映画はスリルが違う。
両親に就職をする前に、どうしても語学留学をしたいと切り出したとき、すごく驚いた顔をしたのを今でも覚えている。
きっと。
それは私が初めて選んだ自分の答えであり、初めての自立の目覚めでもあったのかもしれない。
難しく言えばアイデンティティなんで言葉が似合う。
私は、両親が全額出すと言った申し出を断り、日本へ帰ってきたら必ず毎月少しずつ返済するという約束で学費を借りた。
成田空港まで見送りに来た両親と、旅立つ私は、遠くから眺めると、きっとすごく幸せそうな中が良さそうな、理想のような親子の姿だっただろう。
私はトランクをバッゲージに預け、小さなカバン一つを手に持ち、ゲートの前で両親に手を振った。
「いってきます!」
姿が見えなくなるまで、母は父に寄り添い、父は母の肩を抱き見送ってくれた。
赤と緑のインクで印刷されたボストン行きのチケットをなくさないように、丁寧にカバンにしまって、私は自分の乗る飛行機へ向かう。
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