第3話

愛していた夫が、この世界からいなくなって3年が経つ。


未だに左手の薬指から、銀色の指輪を外せないでいる。




いつもの朝の、いつもの「いってきます」が、最後の言葉だった。


珍しく寝坊をして、パジャマのまま、寝ぼけまなこに玄関で夫を見送った。


黒い合成大理石を埋め込んだ玄関の床がひんやり冷たい。


眠い目を擦りながら、近くのサンダルを履いた。


バイク通勤は、いつもどこかで心配していたけれど、「大丈夫。安全運転だから。」の言葉をいつの間にか信じてしまった。


信じすぎて、小さな不安をゆっくりと少しずつ忘れていった。




もしも、神様が私に生まれてきた意味をくれていたとしたら。


間違いなく。


私は夫を愛するために生まれてきたのだろう。


夫のための世界でたった一人の妻になるために生まれてきたのだろう。


それは恥ずかしいほど運命的で、ドラマチックで、出会いを思い出すと今でも胸がときめく。


世界中の恋人たちが、そう思うように。


私も。


そう思っていた。




台所でコーヒーメーカーに近所の珈琲屋で買ってきた豆とミネラルウォーターをセットする。


この家に来てから、ずっと変わらない朝の日課。


広くも狭くもなく、天井の高い、白くて美しい家。


その無垢すぎる、純粋すぎる朝の空気を、琥珀色の珈琲の香りが浸食する。


沸騰したお湯が、コッポコポと外国の機械らしい、いい加減な音を出す。


同じ絵柄の並んだ2つのマグカップの、右側を手に取る。




私の朝は台所から始まる。

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