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幾分酔った頭で腕時計を見ると、時刻は午後十一時を回ったところだった。


北風が運んでくる寒さが酒と人の熱気で火照った体には心地よく、平和な一日を過ごした、と渡は思った。正月も仕事詰めだったから、久々の休暇で緊張していた気分が大分ほぐれた。


新宿で大学時代の仲間四人と新年会を兼ねた同窓会をやり、帰り支度をしていた渡に「もっと飲んでいけよ」と仲間の一人がビール瓶を差し出してきたが、「飲酒運転はするなよ」と注意を促して居酒屋を出てきてしまった。


四人はまだしばらく賑やかな居酒屋で会話を続け、二次会、三次会にも行くつもりだろう。


それに便乗したい気持ちもあったが、明日は仕事がある。あちこち動き回らねばらない仕事だから、二日酔いになるのは避けたかった。


久しぶりに会った仲間達はみんな、社会に出た人間として逞しく成長を遂げていた。


学生の顔から、大人の顔へとすっかり変わっている。


会うたび成長する彼らを、渡はいつもどこか尊敬の眼差しで見つめ、同時に自分だけ置いていかれてしまったような寂しさも覚えるのだった。


渡だけがいつまで経っても小さな子供のまま、成長していないような気がする。


「渡巡査」


新宿から自宅近くの目白駅へ到着して電車を下りた時、背後から明るい声が聞こえてきた。


振り返ると、改札口へと流れる人ごみの中に、見慣れた顔を見つけた。有馬光ー通称、光嬢――が片手を挙げて立っていた。


灰色のブレザーに、紺のチェックのスカート。制服姿だ。


「学校帰りにしては遅くないか」


「塾の帰り。友達と勉強していたら、遅くなっちゃった」


彼女は小走りに駆け寄ってきて、渡と肩を並べた。


「へえ、随分真面目に勉強しているんだね」


渡は微笑み、改札を抜けた。光嬢もそれに続く。


「もう遅い時間だし、家まで送っていくよ」


「大丈夫。一人でも帰れるよ。十一時なんて、今時普通の時間だよ」


「駄目」


渡が強く言うと彼女は肩をすくませ、素直に従った。多分、渡の勤める所轄の管轄区域に光嬢の自宅が入っていることを知っていて、彼女は気を遣ったのだろう。


だが、渡の理由は別だ。


彼女に自覚はないが、本当に危険なのだ。


光嬢の父親は、本庁に勤務する警視長――警察の中でも上級幹部に所属する人間である。


どこからか情報が漏れて、警察幹部の娘が無防備にほっつき歩いていると知られれば、光嬢の身に危険が及ぶ。


それに近頃、埼玉、千葉、神奈川と首都近郊で女性ばかりを狙った通り魔事件が発生している。


用心しても、しすぎることはない。


「熱心に勉強しているようだけど、将来なりたいものはあるの? やっぱりお父さんを見習って刑事?」


駅前の大通りから離れ、暗い細道を歩きながら渡は訊ねた。


「刑事はやだ」光嬢は即答した。「男社会って聞くし」


「今は女性の刑事さんも活躍しているよ。数は少ないけどね」


「お父さんみたいなのがごろごろいるのかと思うとうんざりする。刑事が全員渡巡査だったらいいけど」


渡は苦笑した。


反抗期なのだろうか。彼女は会う度、なにかにつけて「お父さんなんか」と言う。


つい最近も、久々に仕事から帰ってきた父親の顔を見た瞬間、喧嘩になったと光嬢は笑って言った。


社会ではどんなに優秀に仕事をこなしていても、父と子という関係は、なかなか上手くいかないものかもしれない。


渡自身がそうであるように。


「まだ高校生活は一年あるし。将来のことはその間にゆっくり考える。その前にね、ちょっとやりたいことがあるの」


「やりたいこと?」

 

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