第12話

「私、聡一君のことが…」


“聞きたくない…見たくない…”


すると彼の前に移動した望実の顔が彼の唇に近づいていく。

私はその場から逃げ出したかった。

『私』のいない現実の時間が目の前で流れている。


彼の肩を掴むその手が、彼と並んで歩けるその足が、彼を見つめることのできる瞳が…。

唇、鼻、髪の毛の一本一本、彼に触れることのできる望実の全てが羨ましくて憎い…。

心が張り裂けそうな感情が私を襲う。


『ならば、彼女の魂を捧げるか?』


どこからかあの声が聞こえた。

私の頭はただ一つの考えに支配されてゆっくりと望実の元へ歩く。

望実を代わりに…そうすれば私はまた彼と一緒にいられる…。

その時、すでに望実の唇が彼の唇まであと数cmのところまで迫っていた。

しかし彼は望実を拒み立ち上がると望実に背を向ける。

その反応に望実は声を荒げた。


「なんでよ!どうして鈴花じゃないとダメなの!?私じゃ代わりにもなれない?」


彼は首を振って何か携帯に打ち込んだ。

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