「生に執着するのって、人間的だと思う」彼女はそう言いながら砂浜に寝そべった。

 「でも、ニワトリもネコに襲われたら逃げるよ」私も横になる。「それは反射。プログラムだよ」


 BBCワールドニュースによると、人類は数時間後、地球へ衝突する大隕石によって滅亡するらしい。しかし私たちは、そんなこともお構いなく海辺で戯れている。BBCワールドニュースが世界で最も信頼されるニュースブランドであることは、空一面に広がる禍々しい色彩がすでに証明してくれていた。

 「この町にはもう誰もいない。みんなどこへ行ったんだろう」私は疑問を口にする。「首都とか」彼女が応えた。「首都?」「きっとみんな、こんなしみったれたところで生涯を終えたくはないんだよ。それで名ばかりの都市へ行くんだ」

 波が足をくすぐり、潮騒が沈黙を破り続ける。その空間が、私を冷静にさせた。

 「私たちも、せめてなにか行動を起こしたほうが良かったんじゃ……」

 「もう遅いし、どっちみち無意味だよ。それより」彼女はカバンから一冊の本を取り出し、私に寄越した。「借りていた小説なんだけど、ちょうど今日のあさ読み終わったんだ……『なによりも怖いのは、その恐怖に背中を向け、目を閉じてしまうこと(1)』……特性のある文体だね」

 受け取った本の表紙をゆっくりと撫でる。ふいに、ある考えが脳裏をよぎった。この世界は実は、村上春樹の一編の小説なのではないか? 私たちは末端の登場人物で、きっと素性も明かされないままふたり、お粗末な汀で死んでゆくのだろう。

 そうだ、この世界は、小説だったんだ!


 「あッ……」彼女は立ち上がり、声をあげた。「見て」

 上半身を起こし、私は目を見開いた。否、本当は前から気づいていた。

 足を浸した海水は、得体の知れない色彩に変化している。まるで陸地の全てをない混ぜにしたような……。今や地球に存在する青色は、私の本にかけられたブックカバーだけになっていた。




(1)村上春樹. レキシントンの幽霊. 文春文庫. 1994. p.177

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