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一曲吹き終わるとフルートを膝の上に置いた。
「やっぱりここはいいな」
ぽつり、呟く。
人目を気にせず吹くことができるのはとても気持ちがいい。
ここは木が生い茂っているし、フルートの音は他の楽器と比べると小さい。
それに私は趣味程度で吹いているのでプロほど力の強い音は出せない。
だから下の住宅街まで聞こえてはいないだろう。
一息休んでいると芝生と何かが擦れる音が聞こえた。
(誰か、いる?)
ふ、とそちらを向くと、驚いた。
そこには着物の男性が一人、歩いていた。
場所が場所なので彼がそこにいることにあまり違和感は感じないが、よく考えるとここは大都会。
そして今でも発展し続けている近代的な今の日本では着物を着ている人なんて時々見かけるが、とても目立つ。
それが若い男性なら尚更。
一体、何故そんな人がこんなところにいるのか。
思わずにはいられない疑問を抱いていると、彼は私に気づいたのか、はたまた元から気づいていたのかは知らないがこちらを見て微笑んだ。
それにどきっとしたのは気のせいだと思ったが、きっとそれは気のせいではない。
何せ彼の容姿はとても綺麗な程整っていて、着物がとてもよく似合っている。
胸が高鳴らない人なんて極めて稀だろう。
そんな彼は一言。
「こんにちは」
微笑みながら私にあいさつをした。
何者か知らない、しかも着物を着ている彼を怪しまないわけがなく、恐る恐るといったように私はあいさつを返した。
「……こんにちは」
ちょっと感じ悪かったかも。
少し後悔をする。
しかし彼はそんなことを気にしていないのか微笑んだまま私に会釈をしてそのまま帰って行った。
散歩だったのかな。
静かだし散歩ルートには最高だ。
私も散歩をするならここは絶対にルートに入れたいと思う。
静かなのは勿論だけれど、もう少し暖かくなると芝生や咲いている花が綺麗に色付く。
初めてここを見つけたときのテンションは凄まじかった。
初めての大都会にたった一人だけで、田舎育ちの私はストレスが溜まっていた。
その時に地元と似ているここを見つけて心の底からほっとした記憶がある。
一年前のことなのに、懐かしい。
少し昔のことを思い出した私は着物の男性が立ち去った後も少しフルートを吹いた。
幾らか吹き満足した私は、時間が気になり手元にある無線通信機のいっぱいいっぱいに広がっている液晶画面をつけた。
「わ、もうそろそろ帰らないと」
土曜日のおやつの時間を少しすぎた頃、少し慌ててフルートを片付ける。
そして、安らぎのその場所からいつもの賑やかな街へ下りた。
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