第5話

「最後なんだし、描くか描かないかなんてそんなに直ぐに決めなくてもいいんじゃない?」




先生は俺の言葉に目を輝かせ、続いて言う。




「そうだよ!祐人君の言うとおり、まだ時間はあるんだし、ね?」


「まあ、ゆっくり考えればいいと思うけど」




俺達の言葉を聞き、旭奈はどこか腑に落ちない表情をしていたが少ししてから小さく頷いた。


それを見て先生は優しげに微笑む。



その空間は俺にとっては少し、居心地が悪かった。



すると先生は、旭奈の方へ向けていた体も目もくるっと方向転換し、訊く。




「祐人君はどうする?」




問われ、一瞬考えるべく少し間を置いた。


そして、俺は答える。




「……はい、出してみようと思います」


「本当に?ありがとう!」




俺の返事に先生は至極嬉しそうに微笑み俺の手を握って言った。



最後だし頑張ってみても良いかな、なんて滅多なことを思わない俺が、そう思ったなんて旭奈に言えば驚くだろう。


そして、驚いたかと思えばいつの間にか楽しそうに笑っているのだろう。



旭奈が楽しければそれでいい。笑ってくれるなら、なんだっていい。




その後はコンクールの話は終わり、いつものように穏やかに時間は流れた。


その間もずっと、蝉の声に混ざってどこからか沢山の音が聞こえていた。

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