特別なことしますか【KAC20251・ひなまつり】第三弾
カイ 壬
特別なことしますか
「三月といったらなんといってもひなまつりですよね、小田井さん」
「そうですかね。他にもいろいろあると思うんですよ、私」
こちらの振りを叩き切りやがった。この女、どういうつもりだ。
「でも小田井さん、三月であればどこの家にも飾るじゃないですか、ひな壇」
「うち賃貸アパートなのでそんなものを置くスペースはないですよ」
「まあ確かにひな壇は置き場所に困る家庭も多いか。じゃあひな人形はどうですか。どの家庭にも母親から託されたひな人形なんてあるんじゃないかな」
「代々伝わってきた曰く付きのひな人形なんかもないですよ」
「お内裏様とおひな様だけでもなかったんですか」
「それもないなあ。まあ最近の女子ってそんなものじゃないですか。少子化の時代、核家族社会だから、うちみたいに賃貸アパートや賃貸マンション暮らしが多いでしょう。それだとひなまつり自体しなくなるんじゃないかな」
「ひなまつりのためにおばあちゃんの家に行くとか、そういう習わしは」
「それもないなあ」
話のとっかかりが掴めない。
これは俺の聞き方が悪いのか。それともこの女の意地が悪いのか。
「じゃ、じゃあ幼稚園や小学校の頃はどうでした。教室などに飾っていませんでしたか」
小田井は腰に手を当てて考えている。
「そういえば、幼稚園じゃなくて保育園で飾ってあるのは見たことあるわ。あと小学校でも飾っている部屋があったはず」
「なんだ、やっぱり小田井さんでも三月といったらひなまつりなんじゃないですか」
「いや、今思い出しただけで、それがなければひなまつりはまったく浮かんでいなかったわ」
どうやらこちらの誘いで思い出したことが気に食わないらしい。
「そういえば、お内裏様とおひな様はそれぞれ左右どちらに飾るものか知っていますか」
「知らないわよ。見たことはあるはずだけど興味なかったし」
「それ、歌に惑わされているパターンだな」
「歌に惑わされているって、なんでなん」
「実は『お内裏様』も『おひな様』も男女一対のことを表していて、男雛がお内裏様でも、女雛がおひな様でもないんだってさ」
「じゃああの歌を作った人は嘘を子どもたちに植え付けていたのか。洗脳じゃないか」
「いやいや、単なる勘違いだろう。内裏は天皇陛下を指しているから男性、ひなは小さくてかわいらしいものということで皇后か皇女といったところの女性だったはず」
「それはわかったけど、男を向かって左に置けばいいのか」
「男雛は向かって右だな。左に置くのは関東風らしいけど、歴史的に見て右に置くのが正解だ」
小田井の機嫌がさらに悪くなっていく。
「じゃあ聞くけど、谷田部さんは三月といったらひなまつりなんですか」
「そうだなあ。俺は甘酒だな。ひなまつりというより、そのときに飲める甘酒が好きだった。今でもときどきエネルギーチャージに飲んでいるくらいだしな」
「甘酒ってお酒じゃないんだけど」
「それは知っている。というか、もしアルコールが入っていたら、食料品スーパーなんかは違法行為を助長していることになるだろう」
「いや、甘酒は慣習だからアルコールが入っていても罪には問われないって聞いたことありますね」
「それだとなんか背徳感があるわ。ちょっとググってくる」
その場を離れてノートパソコンを開き、ブラウザから「甘酒 アルコール」と検索してみた。慌てて小田井のところまで戻る。
「今調べてみたんだけど、甘酒には二種類ある。酒粕を原料にした甘酒にはアルコールが入っているんだってさ。商品によって八パーセントくらいから一パーセント未満まであるらしい」
「じゃあ販売店は脱法スーパーってことで」
「話は最後まで聞け。米麹から作られる甘酒はノンアルコールだ」
「じゃあスーパーは米麹の甘酒を売っていたのかな」
「うーんどうだろう。すべてのスーパーをチェックしたわけじゃないからな」
「じゃあ今度駅前のスーパーを片っ端からチェックして回ろうか。いつがいい」
小田井から誘ってくるとは思わなかった。
「今度と言わず、ここが終わったらすぐに見て回るぞ」
「そういえばうちら、トリ前だったはずですよね、谷田部さん」
「そうだな。それじゃあ俺たちはこのへんにして、トリの降臨とさせていただきましょうか」
二人で正面を見た。
「ここまで、食いしん坊主パートツーでした。ではトリの方お願いします」
現れたトリを務める芸人に二人で深々とお辞儀してから、俺たちは舞台袖へと下がっていった。
特別なことしますか【KAC20251・ひなまつり】第三弾 カイ 壬 @sstmix
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます