第15話 あの日の約束

とある日の保育園。何気なくテレビで聞いたことがある歌を一人で歌っていると先生に声をかけられた。


「陽菜ちゃん歌上手だね」

「……そうかな?」

「その歌好きなの?」

「ううん。テレビで何回も聞いたことあるだけ」

「そっか。上手に歌えてたよ」


そう言われると陽菜は嬉しそうな顔をした。

これが歌が好きになったきっかけだった。


小学生の時の音楽の授業も、歌の練習で先生や友達に褒められて歌うことがもっと好きになった。


「陽菜ちゃんなら歌手になれるんじゃない?」

「歌手……」


そう言われて陽菜はテレビの向こうで活躍する歌手を思い浮かべる。


(私もあんな人たちみたいになれるのかな……)


そんな期待を抱きながら陽菜は公園で歌う。


(歌手になったらたくさんの人に私の歌を聞いてもらえるんだ)


そう思うとワクワクする。


「ねぇ」


声をかけられた方を見ると少年が立っていた。


「……?何?」

「歌……上手だね」


今まで友達や家族、先生には褒められたことはあるが、関わりのない人に褒められるのは初めてだった。


「本当⁉嬉しい!」


陽菜は思わず笑顔になる。


「じゃあ私が一番自信がある歌を聴いてほしい!」

「うん。聴かせて」


♪ゆらり 風が舞う午後に

 制服の袖が揺れてた

 キミの声が 季節ときを告げるように

 優しく心に響く


 あとどれくらい 一緒に笑えるの?

 そんなこと ふと思ってた

 でもキミの笑顔が

 「またね」って 未来さきを照らしてる


風が吹き、桜の花びらが舞う中、歌い続ける陽菜に少年は見惚れていた。


「どうだった?」

「凄く上手だね」

「やった!実は私、歌手になるのが夢なの」

「歌手?」

「うん!だから大人になったら私の歌を聴きに来てよ!」

「……申し訳ないけど僕は生まれた時から体が弱いんだ。だから大人になるまでに生きているかわからないんだ」

「そう……なんだ……」


陽菜はしょんぼりする。


「ごめんね」

「でも……生きているかわからないってことは死んでいるかもわからないんだよね?」

「そうだけど……」

「じゃあまだ生きている可能性があるじゃん。なんで諦めているように言うの?」

「僕は学校にも行けてないんだ。手術も高いし、成功率も低い……。このまま僕が死んだ方がお父さんとお母さんは……」

「ダメだよ!」


陽菜の大声に少年はビクッとする。


「お父さんとお母さんは君が一番大事なんだよ?君に生きてほしいんだよ?子供が死んだ方がいいと思う親は親じゃない!」

「……!」

「私も生きてほしい!絶対歌手になるから!だから大人になったら私の歌を聴きに来て!」


なんでだろう?なんでこんなに必死に説得してるんだろう?

そう思うが、少年の暗い顔を見過ごすことはできなかった。


「……君はすごく優しいんだね」

「えっ?」

「ありがとう。絶対君の歌を聞きに行く」

「本当?」

「約束する。だから絶対歌手になってね。応援してるから」

「じゃあ指切りしよう?」


陽菜が小指を立てる。


「約束だから!指切りしよう?」

「わかった」


陽菜は少年と指切りをする。


「ねぇ……名前聞いてもいいかな?」

「匠……相田匠……」

「匠君!絶対だよ!諦めたら怒るからね!」

「うん。ちなみに君の名前は……」


匠が聞こうとすると、悦子が呼びかける。


「匠!そろそろ行くわよ」

「は~い」


匠は悦子の元に歩き始める。


「あの!名前……」

「やっぱりいい。歌手になったら分かると思うから。またね」


匠が手を振ると、陽菜も振り返す。


「またね!匠君!」



―――(何も喋らないなんて……これは中止かな?)


美奈がニヤニヤしていると、陽菜が口を開く。


「軽音楽部のボーカリスト、浅田陽菜です。私は歌手になるために光星学園このがっこうに入りました。これは私が絶対歌手になるって決めたきっかけをくれた人に聴いてほしいと思ってです」


それを聞いた美奈が驚いたような表情になる。


(作曲ですって⁉あんたがそんなこと……)


陽菜は深呼吸すると歌い始めた。




[あとがき]

次回最終回です!お楽しみに!

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