EX6話 Interior World

 日常を守るために、それを破壊しようとする存在に何度でも抗う。


 言葉だけを聞けば、それは立派な行為だ。

 きっと時代によっては英雄と呼ばれさえすることだろう。


 しかし、じゃあ、委員長がやっていることはどうだ?


 日常を守るために、世界を破壊する。

 何度でも何度でも、べつの世界へループし、日常を取り戻す。


 それは果たして、なんと呼ばれる行為だろう。


 ——ゴォン。


 と、遠くから、また日常が壊れる音がした。


 夕陽に染まる教室。


 俺と委員長は窓辺に駆け寄り、籠鳥市の景色を見た。


 この籠鳥高校は高台の上にあり、窓からは街を見下ろすことができる。


 広がる街並みのその上に。

 無数のゾンビ鯨が出現していた。


「また……っ!」


 ギリッと歯が削れそうな音を立てて呻く委員長。


 しかし彼女はすぐさま笑顔を取り戻して俺に向けると、まるで抱きつくような雰囲気で歩み寄ってきた。


「おっと」


「もう、なんで避けるの!」


「むしろなんで避けないと思った!」


 叫び返しながら、俺はすでに駆け出していた。


 委員長が追ってくる——手に小ぶりのナイフを握って。


 XLS——ループ現象を引き起こし、世界を破壊しながら対象者を移動させる装置……らしい。


 そしてループの軸となるのは、特異点だか観測者だかのポジションにいる俺。


 まったくたまったもんじゃない。


 なにがたまったもんじゃないって、ループのたびに俺はあのナイフで刺されるってことだ。

 あれ、痛いんだぞ、普通に。


 俺は教室を飛び出し、廊下を走る。


 委員長が追ってくる。


 くそっ、速い。

 さすがスポーツも優秀な委員長だ。

 いや、それは俺が元いた世界の委員長だっけ?


 とにかく逃げる。


 ——ゴオオォン。


 と、またゾンビ鯨が街を破壊している音が聞こえた。


 さっきより近づいてきているようだ。


 次元怪獣。

 テセラクト。

 世界の侵略者。


 今……。

 誰かが奴らと戦っているわけではない。

 この世界に、WPOや次元怪獣迎撃対策課や天才・見神楽叫武郎は存在していないっぽい。


 あの肉片投下攻撃で、いくつ建物が壊れただろう。

 それに巻き込まれて、どれだけの人が傷ついた? 死んだ?


 たとえ世界中の軍隊を集めても、次元怪獣を倒すことはできない。

 通常兵器は奴らに効果がないのだ。


 牽制や陽動はできても、消滅はさせられない。

 根本的な解決はできない。


 この世界は、テセラクトに蹂躙され続けるしかない。


 なら——そんなことになるくらいなら、いっそ。

 さっさとループして、消失させてしまった方がマシなんじゃないか?


 悲しみが満ち溢れる前に。

 苦しみで覆い尽くされる前に。


「くそぉ!」


 そんなふうに思うのに、しかし。

 俺の脚は止まらない。


 階段を駆け降り、また廊下を走り、玄関へ向かう。


 そんなに刺されるのが嫌か?


 ああ、もちろんそれもある。


 けど、違う。

 そうじゃない。


 俺は、ただ、委員長に世界を破壊してほしくないんだ。



「その行動で正解だぞ見神楽直くんっ!」



「親父っ!?」


 どこからともなく聞こえた声に、俺は周囲を見回す。


 バカの姿は見当たらない。


 だが、このパターンは……。

 もしやと思い足元に視線を向けると、いた。


 胸に白い毛の混じった黒猫が一匹、俺のすぐ前を横切っていくところだった。


「エムっ!」


「こっちだ。来たまえ」


 叫武郎の声でそう告げると、エムは傍の戸の向こうへ駆けていく。


 俺はそれについていく。


 エムを通じて呼びかけてきたということは、今の叫武郎は、この世界の叫武郎ではないのだろう。


 そしておそらく、俺が元いた世界の、俺の実の親父でもない。


 ほぼほぼ確実に、俺を半年騙くらかした、並行世界の見神楽叫武郎だ。


 そいつが信用に値するのかどうか。

 まったくわからん。


 けど、現状を打開する方法はこれくらいしかない気がした。


 俺が飛び込むと、ピシャンと戸が閉まった。

 エムが前脚で閉めたようだった。


 エム——自律型の量子コンピュータ搭載型AI端末、Multi-Convenient Active Tool、略してM-CAT。


 開発したのは並行世界の見神楽叫武郎博士だが、WPOのカーネル・ランドルがそのプログラムを書き換えた、という話だった。


 今、叫武郎がこうして交信してきているということは、そのプログラムをさらに書き換えなおすなり初期化するなりしたということか?


 というか……。


「どういうことだ? 俺たちがいた世界は消失したんじゃなかったのか?」


 俺は、エムが閉めた戸の鍵をしめながら問う。


 俺たちが飛び込んだのは教材室のようだった。

 巨大三角定規やら地球儀やらが置かれた棚が大量に並んでいる。


「直っちー、出てきてよー。優しくしてあげるからさ」


 戸の向こうからは委員長の声が聞こえてくる。

 怖い怖い怖い。


「消失? どういうことだね」


 こっちへ、と促すように教材室の奥へ歩き出しながらエム——叫武郎が言ってくる。


 俺は委員長から聞いた話を簡単に説明する。

 まあ、簡単にしか話せないんだけどな。


 XLSでループが起こっていること。

 ループのたびに、俺がいなくなった世界が消失すること。

 元いた世界群はすでに消えてしまったこと。


「ふむ……それは嘘だ」


「もう勘弁してくれ……」


 もうなにがなんだかわからなくなってきた。


 この世界『たち』は、どんだけ俺に嘘を重ねれば気が済むんだ。


「見神楽直くん。君と大隈沙詠くんがいるのは、テセラクトの体内だ」


「はあ?」


「XLSにループを引き起こすなどという機能は存在しない。あれはeXtra Locking System——余剰固着装置で間違いない」


「テセラクトを『この世界』にとどめておく……だっけ? じゃあなんでそれで俺が刺されて、こんなことになってるんだよ」


「その性能を沙詠くんに効果的に発揮してもらうために、XLSには沙詠くんのイメージを限定的にだが具現化する機能が搭載されているのだ」


 委員長を包み込むような巨大な砲身。

 いかにもな魔法少女の衣装。

 ほかにも、何人もの委員長がXLSを活用して武器を具現化させる様を、たしかに俺は見てきた。


「本来ならその機能は、XLS1つに1回、沙詠くんが対応するテセラクトを倒すときにしか使えないのだが、今君と一緒にいる沙詠くんは、テセラクトの死骸を利用することで、その機能を無理やり使用した。しかも大幅に強化した形でね」


 テセラクトの死骸——俺が、元の世界の委員長とともに倒したあのテセラクトか。


「沙詠くんはテセラクトの内側にある余剰次元に架空の世界群を作り上げた。そこでは独自の法則が生み出され、世界を消失させながらループを繰り返すという『設定』が実現されている。まったく想定外だよ。使用しなかったXLSを預けたままにしておいたらこんなことになるとはね。これだから世界は面白い」


 まったく面白くねえ。


「じゃあ……この『世界』の外側に、元のとおり、世界は存在しているってことか?」


「そうなる」


 急速に力が抜けていくのを感じる。


 世界は滅びていなかった。


 まったく実感もできない、言葉だけの情報だが、それでも安堵できてしまった。


「待て」


 ふと疑問が生じる。


「ここがテセラクトの体内に作られた世界だっていうなら、今この世界に出現しているあのテセラクトはなんなんだ?」


「あれはキューティ・パンツァー・ユニットだ」


 キューティ・パンツァー・ユニット。

 集団美少女戦士。


 委員長たち——。


「どういうことだよ!」


「君と一緒にいる沙詠くんがXLSを使用してループするたびに、テセラクト内に作られた世界の1つが消失する。それはすなわちXLSによって生み出されたエネルギィが、テセラクトそのものに供給されることを意味する。つまり、君たちがループするたびにテセラクトの死骸が活性化し、死骸にもかかわらず暴れ回る、ということだ」


「なっ……」


「それを阻止するため、この天才・見神楽叫武郎が協力し、復活したキューティ・パンツァー・ユニットをサポートし、テセラクトを攻撃させているのだ」


 犯罪者としてWPOから追われているこのバカが俺にコンタクトをとってきたのはそういうわけか。


「テセラクトの内部に構築された世界においては、テセラクトと対を成す大隈沙詠による攻撃は、自身を滅ぼそうとする脅威だ。それが『世界を侵略するテセラクト』という形で具現化しているということだろう」


「…………」


 そのことに、思うところがないわけではなかったけれど。

 俺は今、現状で訊かなければならないことを優先する。


「それで、俺はどうすればいいんだ? どうすればこの世界……テセラクトの中から脱出できる?」


「ふむ、それはな——わからん」


 叫武郎は堂々と、そう告げた。

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