EX7話 Artificial World

「この……バカ親父っ」


 本人がいたら殴っていた。

 猫を殴るわけにもいかないので俺はなんとか平生を保つ。


「ははははは、まあ落ち着きたまえ見神楽直くん。方法はわからないだけで、ないのではないのだからな」


「……どういうことだよ」


 もうこれ以上ややこしいことを言って俺を混乱させるのはやめてほしい。


「ふむ、つまりだな。脱出方法は理論的にはこう考えることができる。その世界はXLSによって人工的に構築された、いわば『世界内世界』なので、外側にある世界との結びつきがどこかに現れている。そしてそれは、特異点たる君に関わる形で存在しているはずなのだ」


「結びつき……?」


「そう。それがその世界と外の世界を結ぶ経路、いわば脱出口になっている。だが、それがどこにあるのかはこちらからは観測できない」


「役に立たないな……」


「バカもの! よく考えたまえ見神楽直くん!」


 バカにバカ呼ばわりされることほど腹立つこともないな!


「脱出口は君に関わるなにかだ。そして、そこに辿り着くためのヒントも、なんらかの形で君に示されているはずだ。その世界が、一つの世界として完結していたなら存在し得ないはずのもの。外の世界とのつながりを示す不自然なもの。それがヒントだ——」


「不自然なもの……」


 心当たりが、ないわけじゃなかった。


「——む。どうやら、これ以上の交信は難しいようだ。最後に、とりあえず時間稼ぎの手段を用意した。健闘を祈るぞ」


「あ、おいっ!」


 訊きたいことはまだまだ山ほどあったのだが、エムは出現したとき同様、唐突に消え去った。

 すごい技術で空中に投影されていた立体映像が消えるときみたいな感じで。


 エムがそれまでいた場所の床には、なにやら虹色に光る怪しい穴が出現していた。


「なおーっちっ!」


「おわっ!」


 そんな叫び声と共に、ガシャン! と窓ガラスが割れる音が聞こえてきた。


 委員長が強硬手段に出たらしい。


 くそっ。

 いくら大量の棚で隠れられる場所が多い教材室とはいえ、見つかるのは時間の問題だ。


 見つかれば、ナイフで刺されてループして、外の世界ではテセラクトが暴れ回るんだっけ?


 それは困る。


「ええい!」


 あのバカを信用したなんてことはまったく少しも欠片もこれっぽっちもあり得ないことだが、それでも今の俺にできることは本当に限られていた。


 俺は意を決して、虹色の穴に飛び込んだ。


         ※


「うぉっ!」


 視界が虹色に満たされて、頭がクラクラしてきたので目を閉じて、どんっ! という衝撃に目を開ければ、そこは俺の自室だった。


 ベッドのある洋室。


 ということは2021年の——テセラクトの体内に委員長が生み出した世界の、俺の部屋だ。


 部屋を見回すが、俺がくぐってきたっぽい虹色の穴は見当たらない。

 俺が通り抜けた直後に消失したということか。


 だったら、委員長は俺を見失っているはず。


「…………」


 俺はすぐさま部屋を飛び出した。


 委員長が俺を探してここに来る可能性がある。


 とりあえずはここを離れた方がいいだろう。


 家を出て、住宅街を適当に抜けて走る。


 上空を見れば、相変わらずゾンビ鯨の大群が街を破壊している。


 しかし奴らは、前に出現したテセラクトのように、一気に街を破壊していくわけではないようだった。


 基本的には悠然と空を漂い、時折肉片を切り離して建物を破壊する。


 あれは実際には外の世界の委員長たちなのだという。

 テセラクトの死骸の暴走を食い止めるため、必要最小限の攻撃だけを行っているのだろう。


 中にいる俺たちが被害を受けないように、かどうかはわからないけど。


 ともかく急がないと。


 俺は近所にあったはずの本屋に向かったが、そこはコンビニに変わってしまっていた。


 仕方ないので次に近い本屋に行くが、今度はカラオケ店になっている。


 仕方なく、ループ前に委員長と行ったイオンの中にある本屋まで足を伸ばした。


 ラノベコーナの本を購入すると、すぐにイオンを出る。


 一緒に行ったことのある場所だと、委員長に発見されるかもしれないからな。


 俺は近くにあったコンビニに飛び込んで、適当に缶コーヒーを選んで、併設されているイートインコーナの席に座る。

 レジで『お持ち帰りですか?』とわざわざ聞かれたので、なんでそんなこといちいち訊くんだと思いながら『そこで飲みます』と答えたら、消費税が10%になった。


 2021年の税制はいったいどうなってるんだ?


「…………」


 と、そこでなんとなく違和感というか疑問を覚えたが、今は置いておこう。


 それよりも、この本だ。


『集団美少女戦士キューティ・パンツァー』


 叫武郎博士いわく、


 1つの世界として完結していたなら存在し得ないはずのもの。

 外の世界とのつながりを示す不自然なもの。


 そんなもの、これを置いてほかにないだろう。


 この世界ではない、外の世界で、俺と委員長たちがテセラクトと戦った記録。


 だが、この本の記述にも、さらに不自然な部分があった。


 まずは、人名が改変されていたこと。


 見神楽叫武郎→見神楽剛武郎

 内海打未→卯ノ花舞花

 小屋凪ルルカ→小屋凪リリカ

 カーネル・ランドル→カーネル・アッシュフォード・タンストール


 あとは、テセラクトと戦う際の作戦コードがすべて2969874になっていること。


 ……。

 ダメだ。

 まったくわからん。


 これがなんのヒントになるってんだ。


 俺は本をめくる。


 第12話のあるシーンで手を止めた。


 それは委員長——あのツインテールの、俺を連れてこの世界にやってきて、今はおそらく俺を探し回っているはずの、あの委員長と俺が会話しているシーンだった。


『むぁー! 暇ス暇ス暇すぎですス! そうだ直っちしりとりしようしりとり!』


「…………」


 まさかそんなバカなことが。

 と思いつつ、ほかになにも思いつかず、俺はふたたび売り場へ行き、シャーペンとメモ帳を買ってイートインコーナに戻る。


 本をめくり、いくつかの文字を書き出していく。

 そしてそれを並べ替えていった。


「うっわ……」


 思わず声が出た。


 しりとりが成立した。

 登場人物の名前でだ。


【見神楽直→大隈沙詠→見神楽剛武郎→卯ノ花舞花→中之島透子→小屋凪リリカ→カーネル・アッシュフォード・タンストール】


 この本の、名前の改変はこれのためだったのか……。


「……いや、違うな」


 俺はその考えを否定する。

 なぜなら、改変前の、元の名前でもしりとりが成立するからだ。


【見神楽直→大隈沙詠→見神楽叫武郎→内海打未→見神楽曜子→小屋凪ルルカ→カーネル・ランドル】


 ただ、この本が第13話と第14話の間にあった多くの出来事を省略している理由はわかった。


 その間に登場した人物を加えてしまうと、しりとりが成立しなくなるからだ。


 だとするなら。

 この方向性は間違っていない。


 だが、名前の改変自体はしりとりを成立させるためのものではない。

 なにかべつの意味があるはずだ。


 俺はしりとり順に並んだ名前を縦に並べてみたり、ひらがなにしてみたり、いろいろと変えてみる。


 そして、本当に偶然に発見した。


 もう一つの改変。

 作戦コードの2969874。


 名前の並びを、この数字と対応させられる表記の仕方に。


【みかぐらなおおおく・2

 まさよみみかぐらご・9

 うぶろううのはなま・6

 いはななかのしまと・9

 うここやなぎりりか・8

 かーねるあっしゅふ・7

 ぉーどたんすとーる・4】


 名前をひらがなにして並べ、9文字ごとに改行する。

 するとぴったり7行に収まり、7桁の作戦コードと対応させられる。


 なら、この数字は、取り出すべき文字を示していることになるんじゃないか。


【み「か」ぐらなおおおく

 まさよみみかぐら「ご」

 うぶろうう「の」はなま

 いはななかのしま「と」

 うここやなぎり「り」か

 かーねるあっ「し」ゅふ

 ぉーど「た」んすとーる】


「ああ……」


 俺は思わずうめいた。

 自分の間抜けさ加減に呆れたのだ。


 こんなヒントがなかったとしても、思い至ってよさそうなもんだ。


 特異点たる俺に関わる、外の世界との結びつき。


 それは、俺の、本来あるべき日常の象徴。


『かごのとりした』


 委員長と毎日挨拶を交わしていた、あのバス停だ。

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