エンカウント

 ゴンドラが駅に着いた。人波に乗って歩き出す。

「あいつさえいなければ。」つい小声でつぶやいてしまう。


「ですよね。」

 俺のつぶやきに突然返す声がした。


「うわっ!」

 つい飛びのいてしまう。


「フフフッ」

 若い女が立っていた。大学生くらいだろうか。カーディガンを羽織った長髪の女性だ。やや切れ長の目をしている。


「ごめんなさい。これ落としてましたよ。」

 女性はこちらに何かを差し出す。


「あっ、俺の定期。」

「よかった。」

 俺は慌てて定期を受け取る。


「あ、ありがとう、ございます」

 思わず声がうわずってしまう。かなりの美人だ。芸能人か?最近の若い子はすごいな。


 「何度か声をかけたんですけど、怖い顔をしてずっとあるいていらっしゃったから。」


 女性は笑った。切れ長の目が細められる。

「あの竜のことを考えられていたんですか」


 一人言を聞かれていたのか。


「ロープウェーの中からずっと怖い顔であのニュースを御覧になってたから。」


 ゴンドラの中からみられていたのか。


「いや、申し訳なかったです。あのニュースを見ていると色々と当時のことを思い出してしまって。お手を煩わせてしまい申し訳ありません。」


 俺はそそくさと礼を言い、その場を後にしようとする。

 枯れているとはいえ、俺も男だ。美人な娘さんと楽しく会話したい気持ちがないといえば嘘になるが、相手に迷惑だろう。

 職場でも5年が違うだけでももうジェネレーションギャップを感じるのだ。

 ただでさえハラスメントに厳しい時代、無用な接触は避けるにこしたことはない。

 「あの竜がいなければよかったと今でも思いますか?」


 だが女性がまた話かけてきた。

「はい?」

 俺は思わず足を止める。

「え?あ、はぁ、そうですね」

 俺は少し面食らった。

 初対面のおっさんに少し馴れ馴れしくないかこの娘。


「ですよね?私もそう思います」

 女は嬉しそう前傾姿勢になり笑う。

 かわいい。が、それと同時にこの娘に何となく不気味さを感じてしまう。

「あの竜がいなければもっと幸せになれたかもしれないのに、、ね」


 俺は思わず女の顔を見る。

 女は笑顔で首をかしげる。

 あれだけの災害を引き起こしたのだ。

 あの竜に人生を狂わされなかった奴の方が少ないだろう。それをこの娘は初対面の人間の過去をいきなり刺激するような会話を繰り返す。コミニケーションがぶっ壊れているのかあるいは、、質の悪い宗教か。


 俺は笑顔を張り付けて軽く会釈をし、その場を速足で後にする。

 背中にあの娘の視線が絡みつくのを感じながら駅前広場を横断した。

 ちらりと振り返るともう娘の姿はどこにも見当たらなかった。

 

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狐のダンジョン狩り @idd11

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