第9話

3型と1型に見送られて滅菌室を通り抜け、着ていた服を捨てた。更衣室のロッカーに置いてある服に着替えて地下へ戻った。


地下の空では一番星が瞬いている。地上には絶望があり、地下にはそれがない。


そして気づいたことがひとつあった。


地上と地下の人間に共通して言えること。それはみんな死んだような瞳をしているということだ。


これは爆発による精神的な後遺症だとは言いきれない気がした。


奏の記憶ひとつを垣間見ても、奏が出会った人たちの目は、私が見た人間と変わらず輝いていない。


家に帰ると、父がお客と一緒に研究室から出てきたところだった。父は仕事から帰ってくると、時々故障した2型を研究室で直している。


いわばアンドロイド専門の町医者のようなものだった。客として来ている2型はまだ六、七歳くらいの男の子だった。


幸助を思い出して微笑むと、男の子も笑った。母親と二人で仲良く去っていく。


「さて、飯にしよう。今日は疲れて、できたものを買ってきてしまった」


「私も少し疲れているようです」


軽く首を回した。動きが鈍っている。


「初めての経験だからね。見てきたことを報告してくれるかい」


私は頷いた。食卓に座り父が夕飯を食べ始めるのを待って地上の様子と自分が会った人たちのことを話した。父は時々顔をしかめながら聞いていた。小屋の男性のことを話す。


「政府は地上にいる人間を見捨てていると言っていました。それは本当ですか」


「悪く言えば男性の言うとおり、本当だ。でもよく言えば、今は治療方法を模索している段階。汚染された空気や病の原因を解析し有効な治療法を見つけるには、あと数年はかかる。それまで耐えてもらうしかない。そういうことだろう」


「見たところ、人から人へ有害なものが感染しているようには思いませんでした。地上に住む人々も地下へ住んだほうが衛生的で安全だと思います。それにそんなに長く待っていたら地上の人たちはみんな生き絶えてしまいます」


「私も人々を地下に住まわせるほうが適切だと思える。でもこれは、個人で決められることじゃないから仕方がない……」 


父は溜息をついた。


「地上の様子を見たことはあるのですか」


「爆発直後の映像を、何度か。1型に撮って来てもらった。続けてくれ。カナデはその犬や子供に出会ってどう思った」


「犬には最初、なんの感情も持てませんでした。でも、犬も幸助も男性も長くないのだと思うと、少しここが痛みます」


私は胸に手を当てた。父は満足げに頷く。私は先を続けた。


「人は酷いこともします」


1型が暴力の対象になり破壊されて山のように捨てられていることを話した。


父は思案するように天井を見あげた。


「アンドロイドは人間に忠実であるべき。その定義で模範的に作ったのが1型だ。どうも身を守ることより忠実性のほうが勝ってしまうみたいだね。少し改良してみるよ」


「私も人間に襲われかけました。1型と3型に助けられました」


父は数秒黙った。


「それは怖い思いをしたね」


「怖い?」


危機は察知できたけれど、怖いという感情はまるで湧かなかった。本物の奏だったら、そのような思いをしたのだろうか。


「人は酷いこともする」


父は悲しそうに、誰に言うともなく呟いた。


「カナデ。これからも地上へ行ってほしい。けれど身の危険を感じたらすぐ応援を呼びなさい。その辺の注意をしていなくてすまなかったね……」


小型の無線機を渡された。発火した1型が持っていたのと同じものだった。近くにいる1型や3型とこれで通信できるらしい。


リビングには、コーヒーの香りが漂っていた。

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