第8話
小屋を出て再び歩いてみる。
地上にいる人々はそれなりに工夫をしながら暮らしている。
小屋やテントが規則正しく並んでいるのは、日本人のもとからの習性だろう。混沌とした中にも秩序はある。
しかし地下と地上では世紀の差を感じた。地下が22世紀を保っているならば、地上は紀元前まで退行している。
地上の人々の暮らしはそのくらい、凄惨なものだった。
やがてなにもない視界の開けたところに出た。若い男性の群衆が、笑いながら個々に散っていく。なにをしていたのだろうか。
見ると、木の杭で四方を囲んだテープが貼られていた。入るなということだろう。テープの先は巨大な穴が掘られているようで、向かいに穴の斜面が見える。さっきの男性たちはこの穴の中に入っていた様子だった。
いつもここで死体を焼いているのかもしれない。近づき、中をそっと覗いてみる。
呻く声が私の喉から出ていた。機能を止めた1型が、山のように積み上げられている。
近くには鉄パイプが何本か落ちていた。山の一番上にいる1型が、青い光をちりちりと放っていた。腹部がショートして、機械がはみ出ている。微かに動いていた。
「大丈夫ですか」
なんとか助けたいと思い声をかけた。1型は首を動かし私を見た。
「2型……確……逃……げ」
1型はイヤホンを片手になにかを小声で話していた。ショートした部分が発火し、上半身と下半身がまっぷたつに割れた。火は他の1型にも飛び火し、融けだしていく。
焦げ臭さが漂う。
「そこのキミ。大丈夫ですか、っていうのはこっちの台詞」
声がした。振り返ると先程の男性たちがまた群衆になり戻って来ていた。
「なぜ……」
「美人が視界に入っちゃったから、ついねえ」
男性の数は6人。ニヤニヤとしながらこちらを見ている。ひとりが言った。
「キミ、なに。なんでこんなところ歩きまわっているの。もしかしてあいつらの仲間?」
あいつらとは1型のことだろう。答える必要はないと判断して黙っていた。6人が顔を見合わせ噴き出した。
「あいつらすげえの。みんな同じ顔で、なにやっても全く抵抗しない。もうされるがまま」
別の男性が興奮した様子で喋り出す。私は、融けていく1型たちを見遣った。
「鉄パイプで彼らをあのようにしたのはあなた達ですか」
「そうだよ。ぜーんぶ俺たち」
反撃に出たい衝動に駆られた。これは怒りという感情なのだと理解した。
「今地下じゃどうなっているか知らないけど、知っている? 地上は無法地帯。人殺しても裁かれない捕まらない。だって俺たちどのみち死ぬんだもん。なにをやっても、だっれも文句言わずに泣き寝入り。相手がアンドロイドとなればなおさらなにしても構わないよね」
危機を感じる。こういうときは逃げるのが適切。奏もそう判断するはず。しかしこれだけの男性に囲まれてはどうも逃げられそうにない。
「でさ、その服の下はどうなっているの、美人さん。すごく興味あるんだよねえ」
「…………」
「キミ、人間なの? アンドロイドなの? ちょっと見せてよ」
6人がじりじりと詰めよってくる。
「エラー。反応できません。自爆します」
「は?」
「エラー。反応できません。自爆します」
「え、自爆……爆発? これまでのアンドロイドはそんなことしなかったぜ」
私はかなり昔に存在したアンドロイドのようなカクカクとした動きをしてから、小刻みに震えてみせた。頭の中では本物のエラー音が鳴り響いている。
後ろでちょうど炎が大きく燃え上がった。
「ウソだろ。本当に爆発するの」
「もう、爆発はこりごりだ……」
6人は言いながら逃げていく。
まったくのでまかせだった。炎の演出も混ざって、運は私に味方してくれたらしい。
靴音が響いてくる。前方から3型が数人と1型が1人駆けつけてきた。
「2型、安全確認」
発火した1型が、最後に私のことを他のアンドロイドに伝えてくれたのだろう。
「酷いですね……これは全部人間がやったことですか」
炎を見つめながら訊くと、3型が頷いた。
「彼らは人間に忠実であるよう作られているため、人を相手に抵抗することを知りません。食料や水を人間同士が奪い合って1型が仲裁に入っても、殴られたらもうそこで反応ができなくなってしまう。だから我々が助けに入ることもあります。ここはもともと人間の死体の集積場だったのですが、いつの間にか1型専用の集積場に変わってしまったのです」
3型がそう説明した。隣にいた1型が口を挟む。
「いや、身を守ることはプログラムされているのですよ。けれど、そうすると我々1型はなにひとつ動きがとれなくなり、役に立たなくなるのです。そして結局、暴力の対象になる。我々には感情がないと言われますが、人に触れていくうちに感情や自分なりの考えというものをわずかながら覚えていきます。しかし感情や考えには個人差があります。抵抗することを知っている1型は、3型の応援を呼びます。けれど抵抗することを知らない1型は、ただ人々の不満のはけ口になる。私が今持っている感情は、『悔しい』というものです。少なくとも私はそう感じています。あなたが無事でよかったとも感じています」
アンドロイドは人に危害を加えられない。人の倫理規制と同じようなものでそう作られている。とりわけ1型は自分でいろいろなことを判断し行動できるように作られていないから、危険からの回避は難しいように思えた。
暴力は私にとっても悔しいことだった。これはアンドロイドという同類に対する、私だけの感情なのだろうと考えられる。
「危ないと思える場所には一人で行かないでください」
3型がそう言った。どこが危なくてどこが安全なのか、まだ把握できない。
お礼を言って空を見上げる。爆発から3年間、青い空とそこに浮かぶ太陽が顔を出したことはないと、小屋に招き入れてくれた男性が別れ際に言っていたことを、思い出した。
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