第6話

歩いているうちに並んでいる小さな建物が家だという実感が濃くなった。


黄色い山はテント。青い箱は、段ボールや木箱で作った家に、青いシートをかぶせているものだ。


本物の雨風をしのぐためのものだろう。


簡素な家と家の間には糸がぴんと張られ、糸の上に洗濯物が干されていた。寒いせいか、人の姿はあまり見られなかった。


しかし地上は象像以上に人々が苦しんでいる場なのだと理解できて、昨晩地上に行くことを楽しみだと思った自分を恥じた。


不意に茶色い犬が私の足に絡みついてきた。毛並みに艶がなく、痩せている。犬は尻尾を振って、物欲しそうに座り込む。


こういうとき、奏はどういう反応をしただろう。私は犬と視線を合わせて奏の記憶を引っ張り出そうとした。けれど、反応がなにも起きない。思い出せることがない。


奏はおそらく動物と接触する機会がほとんどなかったのだと思われる。


犬は一度吠えた。食べ物が欲しいのだろうと犬の様子から理解できた。


近くのテントからちょうど出てきた、先程とは違う1型に声をかける。


「この子に食べ物をあげたいのです」


「動物に食べものはあげられません」


「なぜですか」


「人間への提供が最優先です」


「ではもしかすると、この子は飢えて死ぬのを待つしかないのですか」


「そうなります」


1型は感情を挟まない声でそう言った。


犬は会話を理解しているのかのように弱々しく鳴く。少しかわいそうに思えた。


「ポッチ。こっちへおいで」


聞いたことのない声が聞こえた。私のすぐ真横に建っている青い小屋の扉が開き、人間の男性が中から顔を覗かせている。


年齢は四十代くらいだろうか。犬はポッチという名前らしい。ポッチは尻尾を振って男性のところへ飛び込んでいく。


「話し声が聞こえてしまってね。そっちのお嬢さんは? 見かけない顔だね」


「地下都市で暮らしています。その犬は食べ物を欲しがっているみたいです」


「動物は好きかい」


奏の感情信号は反応しない。けれど、こういうときは取り繕うのがベストだと判断した。


「ええ、はい」


「じゃあ、ちょっと寄っていきなさいよ。動物好きに悪い人はいない」


1型は仕事があるからと去っていった。私は言われたとおり中へ入った。


男性はポッチに自分の食料を分け与えている。中は薄暗く、布団が敷かれている。


「こいつは随分前からこの辺をうろついていてね。爆発で飼い主をなくしたんだろうさ。一人ぼっちでいたところを拾った。だからポッチ。この辺のテントの住人みんなで面倒を見ている。嫌がる人間もいるけど」


男性はそう言って、ポッチとじゃれていた。男性の背後から声が聞こえてきた。


「お父さん……ポッチが来たの?」


「綺麗なお姉さんもいるぞ」


男性は振り返って言う。視界に子供の姿が確認できた。


年齢は6、7歳くらいだろうか。力なく横たわっており、顔が半分ただれていた。爆発による火傷の痕かもしれない。


「息子のコウスケだ。幸福の幸に助けると書いて幸助」


男性はそう紹介した。幸助は布団の中から私を見ると微笑んだ。


「ああほんと。きれいなお姉さんだ。天使みたい」


「私は天使ではありません」


「そんなの、わかっているってば」


言ってだるそうに目を閉じる。幸助は眠ってしまい、男性は愛おしそうにその姿を眺めていた。


「地下都市か。地下に住めなくなって、3年が経つよ」


男性は私に向きなおり呟く。

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