第5話 地獄

 時刻不明。---爆音。自分の先輩はいつも、こんな場所を駆けているのかとユーリは思った。周りは既に焦土と化し、空は分厚い雲がどんよりと覆っている。少しは晴れ間が見え、日が出ていた時期もあったのだが時間が経つに連れて、それも隠れてしまっていた。空からはゴォォォォォと音を立てて飛ぶ、戦闘機が俺たちを殺す爆弾を沢山落としていく。彼は既に、自分の先輩と同僚を見失っていた。

 時は少し遡る。ユーリがリク達と一緒に戦場を駆け回っていた時、一台の戦闘機が焼夷弾を目の前に落とし、離れ離れとなってしまったのだ。


「困ったな。」


 ポツリとユーリが呟いた言葉は、爆発音に掻き消される。ユーリは走りながらリク達を探しつつ、敵の命を確実に消していく。撃って撃って撃って。一台の戦闘機がそんなユーリの真上から爆弾を落とした。彼は気づかずそのままーーーー。


⚪︎


 戦闘機が落とした焼夷弾のせいで、ユーリと離れ離れになってしまったリクは、うんうんと唸りながら敵を殲滅していた。


「全然見つかんない!」


 こんなに更地なのに、と後から呟く。ヤブは困ったような顔でリクを見ていた。ダンテはとっくに先へ向かっている。三人の顔に焦りが出てきたのだ。この広い戦場で、たった一人の新兵を探すにはどれほどの労力が必要なのか。何度も戦場で仲間を失ってきたリクには、痛いほど理解できる。

 ユーリを探して走り回り、どれほど経ったのだろうか。真上を鼓膜が破けると思うほどの大きな音を立てて、一機の戦闘機が通り過ぎて行く。その先の瓦礫が転がっている場所に、一人の見覚えのある人が立っていた。


「ユーリ!!!!」


 人生で出した事のないであろう程の声量で、リクは彼の者の名を叫んだ。


⚪︎


「ユーリ!!!!」

 自分の名前を呼ばれた気がしてユーリは振り返った。そこには一人の人が全力で走る姿が。何を叫ぶ必要があるのだろうか、ユーリは不思議そうに頭を傾げる。「上」ただその単語が聞こえた瞬間、命令されるがまま上を見る。それはもう手遅れだったのだ。ユーリは急いでソレから離れようと走った。次の瞬間、爆音と共に体を持っていかれる衝撃、身体中を蝕む激痛、肌の焼ける匂い、火花が散る視界。ああ、俺は、、、.ユーリはそのまま目の前が真っ暗に染まって、意識を地に沈めた。


⚪︎


「ッあ“あ“あああぁぁぁぁぁあああ」


 リクは喉をいためるまで叫ぶ、悲鳴でも怒号でもなかった。その声はただ、絶叫だったのだ。その声を聞きつけてダンテ、ヤブがリクの元へと走ってくる。辛うじてユーリの息はあった。火傷はしていたものの、そこまで酷くなく奇跡と言って良いほどだった。ただ、耳から流れ出る血、舞った砂埃で汚れた傷跡、抉られた肩、額から流れ出る血。ヤブは彼の姿を見た瞬間、息を吸うのも忘れるほどだった。ダンテはその場で崩れている。リクは急いで傷を洗い流そうとした。応急処置だって、何のために学んだのだろうか。そうだ、戦場で亡くなる者を少しでも減らすために。包帯だって惜しみなく使った。水だってそうだ。彼を動かすのは危険だったが、戦場のど真ん中で寝かしてなどいられない。急いで軍服の上着を脱ぎ、太いパイプを日本みつけて簡易タンカを作る。ダンテと協力してリクは、ユーリを運び上げると走り出す。あまり揺らしてはいけない事もわかっていたが、ここにいても死んでしまうだけなので仕方がない。ジジジッと音を鳴らしてインカムが稼働する。ああ、復旧作業が終わったのだとリクは思った。


『此方HQ。現在敵数50程、撤退体制に移っていますが戦闘機残り10台。HQ被害、一部壁崩壊。現在死傷者数は不明ですが新兵が此方へ避難完了。もう一度繰り返す。現在敵数50程、撤退体制に移っていますが戦闘機残り10台。HQ被害、一部壁崩壊。現在死傷者数は不明ですが新兵が此方へ避難完了。以上報告を終了する。』


 無事ロンがシェルターにいた新兵たちを、本部へ移動させることが出来たのを確認する事が出来たリクは、ひとまず安堵の溜息を漏らす。上を見上げると戦闘機が機関銃を撃つ準備をして、此方へと向かってくる姿を捉えた。リクは姿が直様走り出し、ユーリを崩れた建物の下へ隠す。銃弾がリクたちの体を蝕んだ。まず足を撃ち抜かれたのはヤブだった。目を見開いて恐怖を隠し切れない様子だ。腹を撃ち抜かれ頰を掠ったのはダンテだった。苦痛に顔を歪ませる。リクは足と肩を撃ち抜かれた。泣き叫びたい衝動に駆られるが、こうしてはいられない。直様、先程敵兵の懐を漁り奪っていた手榴弾を戦闘機に向かって投げつける。手榴弾は戦闘機のプロペラに巻き込まれ爆発する。ガタリとバランスを崩した戦闘機は、スピードを落として地に落ちていき、そのまま爆発した。炎を上げて燃えている戦闘機を横目に、リクは痛みに堪えながらもダンテと立ち上がり、ユーリを連れて行く。応急処置をしなくてはいけない事は理解していた。それでも、時間が惜しいのだ。ギュッと布を巻きつけ、簡易的な止血をして走る。ユーリを失ってたまるものかと、全員が彼の為に体に鞭を打ちながらも走るのだ。ただ走って走って走って。硝煙の匂いも、火薬の焼ける匂いも、人の匂いも、爆音も銃声も少しずつ離れていって。バタリと音をがして後ろを振り向いた。足を撃ち抜かれたヤブが転んでいる。


「早く、立って。」


 リクは我ながら恐ろしい言葉を口にしたものだと思った。ヤブの額には汗が浮かんでおり、足から垂れた血がぴちゃんと音を立てて落ちている。


「早く。」


 自分の心は無いのだろうか、リクは己自身に恐怖を抱き始めた。


「無、理です。」


 途切れながらも、ガサガサとした声でヤブは呟いた。


「…もう、走れ無、い。」


 痛みで目には生理的な涙が浮かんでいる。


「ゆ、りあす、を…助けて、くださ、い。」

「何言って、、?」


 ダンテがその続きを聞きたく無いと、首を振る。


「俺を、置い、てい、って。」


 ふわりと笑ったヤブの顔は、余りにも不恰好なものであった。


「わかった。」


 リクの言葉にダンテは怒りを覚える。それでも彼は無言でユーリのタンカを持ち上げた。そのあと、リクに一言告げる。


「あと、どれくらいで着きますか。」

「5分。」


 大きくして伝える。これ以上はかからないであろう。今までと全く同じスピードならば。


「あとでもう一度、ヤブを助けに戦場へ戻る。それで良いですよね。」


 ダンテはそう言って走り出す。ユーリを早く助ける事で、ヤブの命も必然的に助ける時間が早くなるのだ。リクは走り出す。これなら3分ほどで着きそうだ、と思いながら。息がきれる音と共に、人のガヤガヤした声が聞こえてくる。もうすぐで基地に着くと分かった二人の足取りは、より早いものへと変わる。基地に着くとユーリを医療班に預けて、絶対助けてくれと願った。彼等は深く頷くと「最善を尽くします。」と伝えて駆け出す。基地の医療施設へと向かうのだから、それほどユーリの状態は悪いものなのだと悟った。それでもこうしては居られない。今度はヤブを助けに戻らなければならないのだ。簡易タンカを持ってリクたちが外に出ようとすると、声をかけられた。


「待ちなさい。貴方達はとても酷い怪我をしているのに、何処に行くのだ?」


 医療班の軍服を着ている男がそう言って、リクたちの事を椅子に座らせようとする。


「無理だよ。俺たちはまた戦場に行かなければならない。だから離せよ。」


 リクは強い言葉を使い、彼を睨みつけた。


「それでもこの怪我じゃ許可出来ない。手当てしなさい。」

「人の命がかかっているんだよ。待てない。」

「怪我をしている人が居るのならば、他の者に回収に活かせば良いだろう。君たちは酷い怪我なのだから、ここに残って、、。」

「五月蝿えよ。俺らは迎えに行くって彼奴と約束したから行くんだよ。他の誰にも邪魔させない。邪魔するんだったら、誰であろうと殺すよ。」


 リクはそう言って立ち上がる。


「君か、この軍の暴れん坊は。」

「は?」

「全く上層部の話も聞きやしない、オマケに我儘で強欲。ウチの軍の飛び出しモン。聞いたことない?」


 男はヘラヘラと笑いながら、キーと軋む音を立てて椅子を回す。


「お前の話は聞きたくない。」


 リクはそう言って歩き出す。そして一言漏らした。


「ダンテの治療をしろよ。ヤブは俺が助けに行く。一人でも行けるからね。」

「どういうこと、、!?」


 ダンテが立ちあがろうとすると、医療班の男が押さえる。


「何するんだよ!二人でヤブを助けるんだろ?」

「別に一人でも行ける。わざわざ足手纏いの君を連れて行く必要はないだろ。じゃあ、ソイツの治療頼んだよ。」


 リクはそういうと走り出す。一体足を撃ち抜かれた奴の何処にそんな力が残っていたのだろうか。ダンテは体をよじらせ、拘束から逃れようとするが駄目だった。


「君、彼に任せたらどうだい。どの道ね、その怪我じゃまともに動けない。普通の兵士でも動けない傷で、新兵の君がどう動けるって言うんだ?」

「でもっ!」

「でもじゃない、君が体をフラつかせながらここに辿り着いた時、彼はまだ動けるみたいだった。それに、彼の腕は確かさ。暴れん坊でも軍を退軍させられないのだからね。それ以上の実力と価値がある事は明白だ。」


 そう言われては、ダンテは何も言うことが出来なくなってしまった。


「君は治療を受けて、仲間の無事を祈れば良い。」

「クッソ。」


 小さく呟いたダンテの言葉は、離れて治療道具を取りに行った男には届かなかったのだった。


⚪︎


 息を上げて走る。少し走れば着いた場所に、ヤブはいた。残兵らしい男たちに銃を向けられ囲まれている。ヤブは体を縮ませ、恐怖と寒さで震えていた。リクは拳銃を二丁手にすると、敵に向けて銃弾を撃った。走って突っ込み即効毒を塗り付けたナイフで、首の動脈を掻っ切る。男はヤブを狙って発砲したが、リクがヤブを引っ張り、その弾は彼の仲間のこめかみに吸い込まれて行く。気がついたら敵は残り一人になっており、リクは今までの腹いせに首を落としてやった。返り血が飛び、リクの軍服を赤く染める。ナイフの血を拭き取ると、座り込んで青白い顔をしているヤブを背負い、全力で走り出す。途中で出会った残兵に頰を掠るほどの怪我をさせられたが、リクは気にせず走った。医療班の元へ駆けつけるとヤブを引き渡し、彼の任務は終わったのだった。

 リクが外を見ると、相手国の白旗が小さく見えた。相手が降伏したのだ。


「終わった。」


 安堵すると眠気が襲ってくる。フラフラと外へ出て、草むらの中に寝っ転がった。体が寒いのは気のせいだろうか。リクは重い瞼をなんとか開け続けようとしたが次第に瞼は落ちていき、彼は静かに目を閉じた。

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