第6話 さよなら
午前11時30分、相手国降伏にて勝利。戦争時間8時間半の本当に早い時を経て。
2ヶ月後、リクは外で呆けていた。体の傷はいつも通り物凄い速さ完治し、傷跡は残ってしまったものの、怪我する前と変わりない日々を送っていた。ヤブの足は弾が貫通しており、数週間程でいつも通りの生活を送る事が出来るようになるらしい。ダンテの方が厄介で、弾が体内に残ってしまった為手術を行い取り除かなければならなかったのだ。手術は無事成功したものの、彼の体は弱ってしまっていた。「仕方がないですよ。むしろ生きてて良かったって言えます。」とダンテやヤブはそう言ってベッドの上で笑った。空は何事も無かったかのように青く美しい。流れる雲を見つめ、リクはゴロリと横になる。
「何してるんですか、先輩。」
リクの事を見下ろす様にユーリが立っていた。リクはにっこり笑って、手を振るのだ。
⚪︎
『皮肉なものですね。新兵のユーリくんが生死を彷徨う様な怪我をして、先輩の私はこうして何事も無く過ごしているのですから。』
「気にしないで下さいって。先輩だって肩と足を撃たれているんですよ。同じものです。」
ユーリはそう言って笑った。リクは困った様に眉を下げる。
『私は自分の愚かさに呆れています。』
「何故ですか?」
『私があの時、ユーリくんたち皆さんを全力で止めていれば、この様なことにはならなかったのでは無いかと。』
リクは俯いた。肩を震わせて怯える様に。
「そうは思いませんよ。先輩はいつだって正しいです。間違いを犯したのは俺でしょうから。俺はダンテやヤブに申し訳ないんです。俺のせいでこんなことになってしまって。」
ユーリは震えた声で訴える。それは迷える声だった。
『誰だってあの時、きっと自分にとって一番だと思う決断を下したのでしょうね。私は皆さんに文句を言う事はできませんよ。先輩としてユーリくん達を反対してでも逃すべきだったと、今でも後悔しているんです。』
「そうですか。俺の後悔はついていった事じゃないです。俺の我儘で着いて行って、友達のヤブとダンテを怪我させてしまったことが一番の後悔なんです。先輩は何も悪くありませんよ。」
暫く無言が続く。先に重い口を開いたのはリクだった。
『ユーリくんはこのまま退役するのですか?』
恐る恐るとリクが問う。
「そうですね、仕方がないですがこのままでは。両親にも帰ってこいとずっと言われていたんです。今が潮時ですよ。実家に帰って、雑貨屋を手伝おうと思ってます。」
風が吹き、ユーリとリクの髪を揺らす。誰かの影がかかって後ろを振り向くと、ダンテとヤブが笑って立っていた。
「イヤー、最近仕事が忙しいんだわ。」
ニコニコと笑ってヤブがいう。仕事が忙しいのは良い事だ。仕事が入って来ない新兵はいずれ用済みとなってしまう。
『最近どう?ユリアスは。やっぱり退役させられるのか?』
「このままではね。後悔はしてないよ。自業自得だもの。」
『俺は後悔してるけどな。もっと早く見つけてればってな。』
「何も気にする必要はないと思うな。」
ユーリはそう言って苦笑いする。怪我をしているのは無理を言った自分のせいなのだから。
『聴覚を失って今のところ大丈夫?』
「何もかもが怖いな。」
そうだ。ユーリはあの怪我で聴覚を全くもって失ってしまったのだ。補聴器をつけても殆ど聞こえない。無音の世界にユーリは一人で投げ出されてしまったのだ。その事を心配するかの様に三人はいつも気にしている。もうみんなの声を聞く事ができない事を告げられたユーリは当時悲鳴を上げた。少し低めなヤブの声も、いつも元気なダンテの声も、自分の尊敬する先輩の声も、それ以外の音も全てが聞く事ができない事実から、何度逃れようとしたか。それでも己の先輩リクに手渡された補聴器を大事に耳に付けている。彼が自費で出したという補聴器は、数少ないユーリの宝物となった。
「でも、リク先輩から貰った補聴器は大事にしたい。俺の宝物だから。」
急に自分の名前が出たからから、びくりと肩を揺らし驚きに満ちた顔でユーリを見るリク。それが面白くてクスリとユーリは笑ってしまった。
『耳が聞こえなくなったのはもう、殆ど良くならないと思います。』
寂しそうに紙にその文字を書いたリク。リクは手話が出来た。それでもユーリが覚えていないのだから、手話で会話する事ができない。
『私の知り合いもそうでした。彼は空軍特攻部隊の一兵士であったのです。明るい男でしたよ、とっても。ガハハと遠慮なくで笑うんです。私はその笑い声が好きでした。私よりも少し背が高くてね、取れない物を取って貰ったりしました。そして、私と同室であった人なんです。どんなに部屋を汚しても許してくれますし、物を壊してしまった時は物よりも私を心配する様な男だったんです。』
懐かしそうに語るリクの話にユーリ達は引き込まれた。
『でもある日突然戦争が始まったんです。そして開戦して間も無く、彼に特攻命令が下されました。』
ユーリは息を呑んだ。自分は先輩に着いて行くと自分で決めて、自分に力不足で聴覚を失った。それなのにリクの知り合いは死にたくも無いのに戦場で死ねと命令されたのだ。
『泣く事も喚く事も、家族に連絡する事もありませんでした。彼は天涯孤独の男だったのですから。ただ少しだけ高いお酒を買ってきて、私と一杯やっただけ。そのままいつも通り寝てしまったんですよ。夜明けに特攻を始めて、私に「じゃあな。」って笑って手を振って、そのまま飛び立ってしまいました。今でもあの顔を覚えています。』
「帰って来れなかったんですか?その人は。」
『いいえ、帰って来ました。本当に奇跡だったんですよ。突っ込んでも生きていて、爆弾を投げ捨てて大怪我しながらも帰って来たんです。怪我が治った後、ケロリと笑って「死にたく無かったから帰って来た」って言ったんですよ。あの時酷く心臓に悪かったんです。』
「その後その人の怪我って完治したんですか?」
気になってユーリはリクに聞く。
『耳と目がやられてしまいましたよ。耳は補聴器があればある程度は聞ける程でしたが、目は視界の色を失ってしまって。』
「その人悲鳴を上げて、弱音を吐きましたか?」
どうしても気になってユーリは聞いてしまった。
『泣き言一つ言いませんでしたよ。ヘラリと笑って、「生きてるだけで一番だって。」って言って。泣かない訳ではありませんでしたよ。亡くなってしまった自分の同僚達を思って泣くんです。あの戦争は酷いものでして、沢山の兵士が亡くなりました。帰って来た特攻兵は彼だけなんですよ。その戦争で国が敗戦して軍隊解体されまして、彼とは暫く。連絡しても良いんですけどね。』
そう言ってフフッとリクは笑った。あの戦争時のリクとは大違いな丁寧なその姿に、あの時が夢みたいで仕方がない。
『ユーリくんに、彼の連絡先あげましょうか?良い話相手になると思いますよ。』
「良いんですか?」
『ええ、勿論です。』
リクはそう言ってスラスラと電話番号と住所を書いた紙をユーリに渡してくる。
『良かったら連絡取って下さいね。彼には伝えておきますから。』
リクはそう言うと、時計を見て「もう時間だ」と呟くとそれでは、と手話をして去っていった。「んじゃ俺らも。」ヤブとダンテは頭を下げて基地へと戻って行く。ユーリは手元に残っている連絡先をポケットへ仕舞うと、自室へと戻って行った。空はいつの間にか赤く焼けていて、風が砂を巻き上げた。空に一番星が光った。
⚪︎
午前9時ほど。ユーリは己の上司である、スランダーから執務室へ呼び出しを受けていた。大きく重厚な作りの扉を3度ほど叩き名を告げると、「入れ。」と低い声が返ってきた。ギギッと音を立ててドアを開け、静かに部屋へと入る。この様な上司に文句を言う己の先輩は、どれほど心が強いのだろうか。それとも、スランダーが無礼を許す優しい性格なのか。それを測るほどの器量がユーリには無かった。
『要件は分かっているね。』
彼が言った言葉を見て、頷く。
『それなら話は早いな。早速だが、君には退役を言い渡さなければならない。優秀な新兵を失って、此方も痛いがな。君は戦場で戦えるほどの力を持っていながら、たった一回の怪我で人生を変えられてしまった。それでも諦める事は我が軍の兵士には、許されない行為である。最善を尽くしなさい。貴方が出来る事を尽くしなさい。自ら命を絶つことを、我らが許す事は無い。』
「ええ、死ぬなどもっての外で御座います、スランダー様。私は死を恐れてはいません。ただ、命があってはならないところで失われる事で心が痛むのです。退役しましても、この国の為に最善を尽くさせて頂きます。」
スランダーはその言葉を満足そうに聞いていた。
『君には一つ言っておかなければならないね。お偉いさん方は、命を費やしてでも戦争に勝つ為に君達を駒として扱うだろう。ただね、私は違うのだ。命というものは全ての者において平等に与えられ、とても尊いものなのだ。私は戦争で部下を失う事を恐れてしまう。君も、死ぬ事を恐れなさい。恐れる事で死ぬ事は無くなるのだ。言ってる意味がわかるかね?』
「ええ、何となくですが。」
『それは良かった。生きる事から逃げてはならないのだ。死ぬ事を恐れないという事は、死ぬ程の出来事を受け入れてしまうという事。恐れていれば、生きようと努力出来るからね。私は必ず退役兵にその話をするのだ。』
スランダーはそう言い、椅子から立ち上がる。ユーリの側へ寄って来ると、肩を叩いて笑った。
『青年よ。時々我らが軍に訪れてくれはしないか。友人だって連れて来てくれて構わない。それでは優秀な君に心を込めて感謝を。』
ユーリは目頭が熱くなるのを感じた。ダンテやヤブ、リクと一生会えない訳では無いのだ。己の命がある限り、彼らの元へ思い出話を持っていってあげよう、ユーリはそう思い上を向いた。キラキラと輝く視界は見え辛く、眩しい。
「さあ、」
何を言われたのかは分からないが、ユーリは一人の兵士に手を引かれ、スランダーの執務室を後にした。
ユーリは部屋へ戻ると、スッキリとした己のスペースに少し寂しさを感じる。今日の昼には旅立たなければならない。名誉の負傷での退役の為、国から死ぬまで生活資金が渡されることになった。これでユーリは働かなくても暮らす事が出来る。リクから以前もらった、彼の知り合いの男の連絡先。まずはここに行ってみるのもいいと考えたユーリは、小さなバッグに詰められた己の私物を見た。コップは安物、ペンだってそうだ。捨てて行けば身軽になってしまった結果がこの小さなバッグ。
「こんなもんなのか。」
呟いてみたものの、自分の声は聞こえない。あの時ちゃんと喋れていたのだろうか、ユーリは心配で心臓がバクバクと鳴る。兵士に別れはいらない。別れを告げずに去らなければならない。心が痛むが仕方が無いのだ。ユーリは二通の手紙を書く。一通目は優しい友達の同僚達へ、二通目は己の尊敬する先輩へ。書き始めるにつれて、涙が止まらなくなって手紙を濡らしていく。
「嗚呼、寂しいなぁ。」
ユーリはポツリと呟いて、書き終わった手紙を封筒に入れた。一通は机の上へ、もう一通は先輩の机の上に。
時刻は正午。一人の若き退役兵が、静かにこの基地を去ったのを誰も知らない。
ゲット•アンド•ロスト too*ri @too-ri
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