第4話 友情は美しい

 ヴヴゥゥゥゥゥゥ、けたましいサイレンの音が基地内に響く。元々浅い眠りだったリクはすぐ起きる。このサイレンは敵の奇襲だったか。すぐさまリクは部屋に置いてあった武器を出来るだけ持っていき、軍服に着替える。ドアを勢いよく開けて走り出す。己が使っているインカムには先程から情報が流れ出ている。混乱して騒がしいインカムから必要な情報だけを抜き取ったリクは、インカムの電源を落とす。後は雑音でしかないからだ。敵はD7棟寮、数はおよそ500程。

 走れ、とリクは体に命令を出す。犠牲は少ない方が良い。

 はぁはぁと自分が息を吐く音と、心臓の高鳴り、爆発音、銃声、叫び声。壁に隠れて敵を撃ち抜く。頭、胸、首となるべく人間の急所に当たるように。高所に登ってスナイパーライフルで撃ち抜いて。拳銃もアサルトライフルも、サブマシンガン、ナイフだって。閃光弾が光る。

 新兵達の目が焼かれていないか心配だ。全く情報が通っていないのか、増援が来る気配は微塵もない。

 リクはチッと舌打ちをした。まるで昔の自分みたいじゃないか。リクにそれは今関係ない。リクは持ってきた手榴弾のピンを抜き、敵の方へ投げた。その後壁の裏に隠れ、後に来るだろう爆音から鼓膜を守るため耳を塞ぐ。周りの敵が減って来るとリクは動き出し、先程新兵を見かけた地点へ駆けた。


「大丈夫です?」


 リクは壁裏にいた新兵達のそう言った。彼らは体を震わせ、涙を浮かべながらも掠れ声で「はい」と言った。腕にガラスの破片が少し刺さっていた兵のガラスを綺麗に取り除く。破片が大きかったから良かったものの、小さく、しかも砕けていたらと思うと恐ろしい。丁寧にガーゼ、包帯を巻いていく。全員の手当てが終わると、リクは「状況は?」と新兵らに聞いた。


「現在、訓練通り地下シェルターへ避難した者が半数です。先程は閃光弾で目を焼かれた者はいないと思います。ただ、残りの半数はシェルターへ避難できない場所にいたりしたらしく、死傷者数は不明。インカムは電波妨害があるのか通じないため、走り回って情報を集めている次第です。」

「そこまで分かってるならいいですね。」

「俺が通ってきた道なら安全なので、そこを通ってシェルターから脱出後戦線離脱して下さい。その後基地に戻り次第、情報司令室に戦況を連絡。現在本部は情報が出回っていないので、援軍が見込めません。俺は勝手に出て行ってしまった次第なので。」

「わかりました。頑張ります。」

「あ、ついでに名前教えて貰えますか?報告時に使用するかも知れませんので。」

「わかりました。ロイです。」

「ロイくんですね。俺はリクです。ロイくんも報告時に俺の名前を使う様に。説明難しくなるかも知れませんので。」

「了解しました。では、ご無事で。」

「ロイくんも、シェルターにいる新兵達の誘導お願いします。それまでは死なない様に。では、無事を祈りますね。」


 リクもロイもこの戦場で、未来に生きている自分を想像しているのだ。去っていくロイ達を見送った後、残りの半数の外に出ている新兵達を探す。また撃って、殺して。走っているうちに出会った新兵達はロイ達の方へと送っていく。そんな事を続けている時だった。たった一人の新兵が口にした言葉。


「向こうにいるんです。一番シェルターから遠くて避難できなかった人たちが。戦って僕達を逃してくれた人達がいるんです。」

「誰かわかりますか?」

「ユリアスです。リクさんと組んでた。」


 ゾワッと何かが体を支配していく。これは恐怖か?興奮か?それまた得体の知れない感情か?とにかく、リクの体を何かが支配したことは確かで。彼らをロイの方へ向かわせて、リクは彼が言った方向へと全速力で駆けていく。はぁはぁ自分の息切れと銃声、爆音、火薬の匂い、雄叫び、叫び声、悲鳴。様々な感情が渦巻く戦場をリクは走る。そこの角を曲がったところ。バッと見る。怪我しながらも戦う新兵達が。彼らの周りには沢山の敵兵の死体が倒れている。


「ははっ」


 小さくリクの口から笑い声が漏れる。彼は2丁拳銃の弾を入れ直すと走り出す。


「新兵ども、引きやがれぇぇぇぇぇえ!」


 手榴弾のピンを抜くと、敵へと投げやる。もちろん、ユーリ達が引いたのを確認してからだ。彼らを壁の裏側まで引っ張っていく。その後爆音。全てが爆ぜる音と匂いと人の匂いが香る。


「ふふっ」


 また少し声が漏れてしまったが、もうリクには関係ない、と思ったのに。


「先輩、、?」


 そう、ユーリに話しかけられるまでだったのだ。


「そうだ!ユーリくん無事!?」

「別に、なんともないと思いますけど。」


 ユーリは困った様な表情をする。


「おい、この人ユリアスのこと「そうだ」とか言ってたけど、そこスルー?」


 ケタケタとヤブが笑う。


「俺も思った」


 ダンテも笑いながら同調した。


「切れてるとこ手当てしないとダメじゃないですか。それに誰ですかこの人たち。」


 周りの敵を一掃したことを確認した後、リクはユーリにそう問う。


「先輩、大丈夫ですってこれくらい。」

「いいから見せて下さいよ。」


 リクはユーリの手を引っ張ると、水と消毒液をビシャビシャにかけて包帯をぐるぐる巻きにする。「いたいいたい!」とユーリが悲鳴をあげるが、リクは気にせず手当てした。


「で、名前は?」


 終わった後、リクはユーリの隣にいる二人に目を向けた。


「どうも、ヤブです。」

「ダンテっす。」

「どうも、リクです。宜しく。」

「なんか、この人意外と粗暴じゃありません?」


 ヤブが苦笑いしながらユーリに言う。


「いつもはこうじゃないんだけど」

「いつも丁寧な訳じゃないけど。特に上司とかは。」


 リクが不貞腐れた様な雰囲気で話す。


「首飛ぶんじゃないんですか?」

「俺は別にとんでもいたくないからね。別に死んでも構わないし。」


 リクは遠くを見た後、一発、銃を角を狙って撃った。その後、バタンと人が倒れる様な音。ヤブとダンテは変なものを見たかの様にリクを見た。


「ヤベェ。この人普通に強いわ。」


 ヤブは引き気味にそう言った。そりゃあ、訓練で首位取るような方ですから、とユーリは口に出したくなる。


「ああ、そうだ。ユーリくん、ロイくんの方へ向かってください。あの新兵さんがシェルターに避難した方々を基地まで逃してくれているので。」


 リクがそう言って彼が来たであろう道を指差して言った。そこにはたくさんの死体が転がっている。何度か手榴弾を爆発させたのか、壁や天井、床が黒焦げになっている。むしろ、崩壊しなかったのは奇跡であると言えるだろう。


「俺は逃げません!先輩と一緒に戦います。」

「はぁ!?」


 ヤブとダンテが大きな声を出して驚いた。軍人の彼らだって、自分がかわいくて仕方が無いのだ。死にたいなんて誰が望むものか。


「ユリアスだって新兵だろ?それに新兵の中で一番強いユリアスが、着いて行くのがやっとなリク先輩と一緒に戦ったって、置いてかれるのがおちか、直ぐに敵兵に殺されっちまうよ。」


 慌てるかの様にダンテがそう言って、ユーリの心を動かそうとする。


「殺されるどころか、人質になったりして先輩の足を引っ張るだろうな。」


 ヤブが核心を突くかのように、冷たい言葉を漏らす。


「どうして二人とも俺を行かせてくれないの!?」


 悲鳴をあげるかの様に、ユーリは金切り声をあげた。俺にとって、これが望みなのだと。


「ユリアスが殺されちゃうよ!まだ新兵なんだから助けられとくべきなんだって!」


 ユーリを行かせまいとヤブがそう言う。


「新兵だからって、俺たちは何もかもが出来ない子供じゃないだろ。士官学校は出ているし、ある程度は自分達で出来るだろ!」

「そうじゃなくて!」


 ヤブは大声でそう言う。ダンテはいつの間にか俯き、黙っていた。


「違うよ。何もかもが見当違いなんだ、ユリアス。違うんだよ。」


 嗚咽を漏らしてつぶやいたダンテの言葉が、皆を黙らせた。空気はあまりにも重々しいのに、周りの爆音、銃声、叫び声、悲鳴、火薬の匂いが、ここは戦場なのだと、周りは静かにならないのだと語りかける。


「…何が違うって言うんだよ。」


 小さくユーリの声が投げ出される。本当にわかっていない、か細い迷子の声。


「ユリアス、君は俺たちが死んだら悲しい?」


 ダンテが寂しそうに言葉を漏らす。あげた顔は、目の当たりがほんのり赤くなっていた。フワリと香る汗の匂い。


「何を急な事を。」

「いいから。俺たちが死んだら悲しいか?」

「当たり前だろ。」


 ユーリはぶっきらぼうにそう言った。何を言わせるのだと、顔は少し苛つきに満ちている。リクはもう暫くは、彼らの世界だと察するのだ。フラリと離れて近くの敵を撃ち殺す。手榴弾はとっくに無くなっているし、少しずつ明るくなる空を見上げて、リクは焦りを感じ始める。明るくなってしまったら、影になって隠れているリク達全員見えてしまうのではないだろうか、と。それでも彼らの時間を少しでも長く延ばすため、アサルトライフル片手にリクは走りだす。大丈夫、まだなんとかなる。リクは彼らにバレない様、走り出した。かわいい後輩のためならば、一皮脱ぐべき時があるのだ。リクが離れた事に気づかないユーリ達。


「じゃあ、俺たちもユリアスが死んだら悲しいってわかるだろ?」


 ハッとしたかの様にユーリはダンテを見る。その後そっぽを向き、ポツリと「ごめん。」と謝った。無言の時間が続く。最初に口を開いたのはヤブだった。


「ユリアス、行かないでくれよ。ダンテも俺も寂しいんだ。だって、この軍唯一の友達なんだ。失いたくなんかないじゃないか。」


 懇願するかのようにヤブはユーリを見つめる。


「俺だって、軍に入ってからちゃんとした死に方は出来ないって分かってた。でも何処かでやっぱり、誰かと一緒に静かにいけたらなって思うんだ。こうやって誰かを失うことだって覚悟はしてた。でも、こんな別れ方は望んでない。生きる道があるのだったら、それを選んでくれって願ってる。今、ここで行くのは俺は賛成しないよ。きっと一生。だってここで賛成してしまったら、俺は未来の自分に申し訳なく思うよ。一生後悔するってわかってるから。」


 ヤブは真っ直ぐとユーリを見つめ、フワリと弱々しく笑った。ユーリは眉毛を下げて困ったような顔をしたが、ヤブとダンテを見つめる。


「ごめん、ヤブ、ダンテ。俺はやっぱり後悔したくないんだ。」

「お前が言うなら、俺は信じてやるよ。絶対生きて帰って来い。俺たちは祈るしか出来ないんだよ。」


 ダンテの声は掠れていて、震えていた。


「いや、行くだろ俺たちも。なに、彼奴だけ行かせようとしてるんだよ。」


 壁に寄り掛かり腕を組みながらそう言ったのは、ヤブだった。呆れたような顔をしてヤブはダンテを見ている。


「え、…なんで。」


 困惑するダンテ。


「彼奴が行くって言ってるんだぜ?俺たちは同僚で軍唯一の友達だ。死ぬような行動するのは怖くないかって?怖いに決まってるさ。だけどな、友達が行くんだったら、しかも決心がついているらしい。だったら死なない様に護ってやらないといけないだろ。よく知らない先輩に、ユリアスの命は預けられない。だから行こうぜ、ダンテ。」


 ダンテは困惑するかの様な顔をしたが、頷き固い決心を固める。「へへっ」と笑ってヤブとダンテはユーリを見た。


「いや、二人は来なくていい!なんで、、?」


 ユーリは悲痛な叫びをあげた。どうして彼らも来るのかと。


「そりゃあ、友達だもん。それにユリアス、俺たちが止めても「行く」って言ったんだから、俺たちが行くのを阻止できないの。俺らの我儘聞いてよ。全員で行った方が怖くないって。」


 ダンテがそう言い、笑った。


「死ぬなよ。」


 ユーリが真剣にそう言う。


「当たり前だ。俺たち全員生きて帰るに決まってるだろ。」


 ヤブはそう言ってヘヘッと鼻を掻いた。


「終わった?」


 ユーリ達が振り返ると、そこには血だらけのリクが肩にアサルトライフルを掛けて立っていた。


「先輩、怪我してるんじゃ。」


 ユーリが心配そうにリクに駆け寄って行く。その姿は親にひっつく雛みたいで。


「なあに、心配ないですって。これ殆ど返り血ですから。」


 笑ってそう言うリクに、若干引き気味になるヤブとダンテ。ユーリは「そうですか」と嬉しそうに笑った。


「結局ついてくるの?」


 リクにそう言われて、ヤブ、ダンテはビクリとした。


「はい、全員行きます。」

「そう。じゃあ、行こっか。」


 そう言ってリクは走り出す。慌てて3人も彼を追いかけた。リクの軍服はがユウラリと揺れる。

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