Blackbird

川線・山線

Blackbird

僕たちの国では、生まれて1年、子供の頃のモコモコした羽が大人の羽になるころの3月3日、大人になるための儀式、「ひなまつり」を行なうのが伝統なんだ。


新しく大人になるための、このお祭りでは、「大人になった証」を求められるんだ。隣の山の頂にたくさん生えている花を1輪、持って帰ってくる、それだけの事なんだ。


だけど、「大人になった証」と言われるだけあって、1か所、とびぬけることが難しい谷があるんだ。「気まぐれの谷」っていうんだけど、とても冷たい川の水がたくさん流れている谷なんだよ。


お日様が谷の全体に当たっていると、谷全体が暖められて、下から上に強い風が吹きあがるんだ。でも、お日様が隠れてしまうと、川の水で谷全体が冷やされて、急に風向きが上から下に変わるんだよ。


お父さんが「ひなまつり」に参加した時も、一緒に参加したお兄ちゃんが一人、谷に吸い込まれていったんだって。僕がひなの頃、いつもお父さんが言ってたんだ。「あの『気まぐれの谷』には大人でも近づかない」って。


いよいよ明日が「ひなまつり」の日だ。一緒に生まれたお兄ちゃん、お姉ちゃん、弟や妹も、そして僕も、この日のために飛び立つ練習をしてきたんだ。お父さんもお母さんも「もうお前たちはだいぶ飛びなれてきたね。「ひなまつり」で「ひな」から「大人」になって、自分の道を進みなさい」と言ってくれているんだ。きっと成功するよね。


一緒に生まれたみんなと話をしていると、僕もいつの間にか眠りについていた。


この森には一か所、枝だけであまり葉っぱの茂っていない「広場」みたいな場所がある。今朝は仲間たち全員が集合した。一段高い枝から、「長老」が僕たちに言った。


「聞け、若者たちよ。今日は昔より伝わる「ひなまつり」の日だ。「ひな」が「大人」の一員として認められる日でもある。ただし、そのためには「大人の証」をとって来なければならない。若者たちよ!一人でも多くのものが、またここに集えることを、長老として期待しておるぞ!」


そして、大人たち全員の「行け!若者たちよ」の声で、参加者は皆飛び立った。


僕の下には緑色の森が広がっている。大人になれば、ここで食べ物をとってくることになるんだ。油断をしていると、ヘビやネコのような生き物に食べられるかもしれない。でも、この森の上を飛んでいるときには、僕たちを襲うものはいない。「大人にある証」を持って帰るために頑張らなければ。


しばらく飛んでいると、どうも先頭を飛んでいた仲間が、「気まぐれの谷」にたどり着いたようだった。急に激しい勢いで吹き上げられていく仲間。懸命に下向きに飛び、山の頂を目指しているようだ。仲間がどんどん「気まぐれの谷」で吹き上げられている。お日様もさんさんと輝いている。僕ももうすぐ「気まぐれの谷」にたどり着く。


谷に差し掛かると、激しい風が吹きあがってきた。激しく体が持ち上げられていく。下を向くと、たくさんの仲間が花を摘んでいるのが見えた。


「よし!羽をたたんで、このまま山の頂に落ちていこう!」と決意し、何とか山の頂にたどり着いた。


速い仲間たちは、帰り道に向かっている。気がつけば空に雲が増え、お日様が照ったり、曇ったりを繰り返している。


「気まぐれ谷」を越えようとしている仲間たちは、行きとは違って、とても苦労している。急に上向きの風が吹き、下に向かって進もうとすると、すぐにお日様が顔を隠し、強い下向きの風が吹き始める。仲間はみんな危うく川に落ちたり、岩場にぶつかりそうになっていた。


そして僕も、「大人になった証」となる花を咥えて「気まぐれ谷」へと向かって飛び立った。花が視界の妨げになってお日様がうまく見えない。「気まぐれ谷」からの風は名前の通り、気まぐれに上向きに吹いたり、下向きに吹いたりしているようだ。


谷に飛び込んだ瞬間は、強い上向きの風を感じた。花を咥えている分、風の影響が大きい。羽をたたんでも持ち上げられるような感覚だ。


すると突然、足元の枝が急に消えたかのような感覚を受けると、強い下向きの風が僕を襲ってきた。慌てて上に向かって必死に羽ばたいた。まるで僕の努力をあざ笑うかのように僕の身体はどんどんと川に向かって落ちていく。


どれだけ必死に羽ばたいただろうか、全く記憶がない。気が付けば、「気まぐれ谷」を抜けた森の上で、木々の葉っぱが重なった上に僕はいた。「大人になった証」は今も咥えているが、もう身体に力が入らない。精一杯頑張ったからだろうか、右の翼を傷めてしまったようだ。ここにいれば、そのうちにヘビやネコに見つかってしまうだろう。


「もうだめかも…」と思いながら、僕はあきらめて静かに目を閉じた。


するとどこかから美しい音楽が流れ、天から差し込んだ、まばゆいばかりの光が僕を包み込んだ。


「トリ、降臨」


見たこともないような美しいトリが、少し離れたところに立って、私に話しかけてきた。私たちの神様かもしれない、と僕は感じた。


「よく頑張った。若者よ」


「神様、もう僕には、あの広場に戻る力はないようです」


「何を申すか、自らの心の声を聴くのだ。傷ついた羽でも、空を飛ぶことはできる。生まれてから今日まで、『この時に羽ばたくこと』を目指してきたのではないか?もうすぐ日が沈む。汝よ、この暗くなった空を飛び立っていくのだ!」


ふと目をあけると、周りは先ほどの葉っぱの上だった。本当に神様が来たのだろうか?よくわからないが、なぜだか、先ほどまでは心も身体も疲れ切っていたのに、身体は疲れていても、心には不思議な力が湧いていた。


「そうだ、僕は飛ぶんだ。この時を待っていたんだ!」


傷ついた右の翼は痛むが、何とか飛ぶことはできる。精一杯僕は飛び続けた。そしてようやく、広場に戻ることができた。


仲間たちは驚いて僕を見た。


「おい、君はあの葉っぱの上で倒れていたじゃないか!てっきり死んでしまったのかと思って、みんな悲しんでいたんだ。君が帰って来てくれてとてもうれしいよ。僕たちは全員、「大人になった証」をもって帰って来たんだ。もちろん君が最後だよ」


長老も、彼の帰還がうれしかったのだろう。感極まった声で宣言した。


「今年の『ひなまつり』は一人も脱落することなく、みんなが大人の仲間入りをすることができた。極めてめでたいことである!」


みんなが喜んでいる。お父さんもお母さんも喜んでくれた。ただ、「神様」が助けてくれたことだけは内緒にしておこうと思う。



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Blackbird 川線・山線 @Toh-yan

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